ピンポン、とインターフォンが鳴る。
時間からしてそれはきっと、俺_髙塚大夢が呼んだ人に違いなかった。
俺は気持ち少しだけ身だしなみを整えて(他の人から見たら変わったところが分からないほど些細だが。)、ガチャリと玄関の扉を開けた。
開けるとそこには背の高い、背広を着た男が佇んでいた。
そして、その男は口を開く。
ある日、いつもは見ずに捨てる郵便受けの中のチラシが何故か目に入って、俺はその紙に書いてある文章を読んだ。
【天気を貴方の望むままに。一日だけ、お天気変えてみませんか】
そんな文がカラフルな装飾と共にでかでかと載っている。
馬鹿げていると思った。
そんな魔法のような話、ある訳がないと。
天気を操るなんて非科学的なことあるものかと。
どこかの誰かが気まぐれで作った子供騙しだ、悪質な悪戯だ_そう思って、俺はチラシをぐしゃぐしゃと丸めた。そして雑紙入れに入れようとしたが、ゴミ箱の前でふと手が止まる。
見たい天気が、思いついてしまったから。
ぐしゃぐしゃにしたチラシをもう一度開き直す。しわしわで見にくいが、なんとか読めた。
一日の料金は、一万円と「貴方の気持ち」。
オカルトか、ギャグか…書いてあること全てが、到底信じられるものではない。
それでも、騙されても良かった。
今丁度、金が浮いたところだ。一万円など造作もない。
どうせなら騙されてみよう。
俺はチラシに書いてある番号へ電話をかけた。
悩みながら、やはりこれは悪戯で、電話をかけたらどこかの誰かに馬鹿にされるのではないか、なんて考えて手が止まりながらも、気を改めてゆっくりとボタンを押す。
数十秒かけて押した後、俺はスマホを耳に当てた。
ツーツーというコールの音が響く。
そしてそれがぴたりと止まった。
俺は彼を狭いアパートのリビングに招き入れた。
家具にはあまりこだわりを持っていないから、改めて見ると少し殺風景で、それが俺の心を表しているようだった。
天気屋は店を持っていないらしい。
だから、依頼が来たら直接こちらに来るんだと。
玄関でも良いと言われたが、今は寒いしずっと立っているのも辛いだろうと思い家の中へと入れた。
そう言って彼はふわりと笑う。不思議と緊張がほぐれていく。そういう、ふわっとした雰囲気が彼にはあるのだろう。
話しにくい人ではなさそうだ。
信じられませんよね、と田島さんは苦笑する。
そう言いながら彼は鞄から契約書を出した。
俺は彼に言われるまま名前を書く。
彼はゆっくりと頷いた。
今からあの日を説明しようと思ったのに、天気屋さんはまるで全てが分かっているかのようだった。
彼は含みのある笑顔を見せた。
俺は久しぶりに、くすりと笑った。
ではそろそろ、と天気屋さんが言う。
そう言い残して、彼は溶けた雪のようにいつの間にか姿を消した。
俺の希望の天気は明日に設定されている。
久しぶりに遠出するのだ、少し眠っておこうと俺は昼寝の準備を始めた。
翌日。俺は珍しく早起きして、駅の改札に来ていた。
『ごめん、待った?』
そう言う俺に、彼は優しく笑って
『いいや。今来たところだから気にすんな』
そう言ってくれた、あの日のこと。
俺は改札を通って電車に乗り込んだ。
今、俺の隣には見知らぬ誰かが座っている。
雑貨屋があった。
あの日、二人でダラダラこの店に居座った。
買うものを限界まで考えて、それで結局何も買わなかったのだ。
『あーあ。なんか無駄な時間だったかな』
そう言う君に俺は、ウィンドウショッピングも楽しいよ、と言った。
彼は、確かにそうかもな、なんて言って笑った。
そんな気がする。
俺は店に入って商品を見た。
色々考えて、そして、小さい犬のぬいぐるみを買った。
『でも、ウィンドウショッピングの時間があったら、もうちょっと大夢と一緒にどこか行けたじゃん』
『だから、損みたいな?思っちゃうからさ』
そう彼が言っていたのを思い出した。
あの日も、今日ほどではないにしろ寒い日だった。
あの日と同じように、肉まんを買った。少し大きくて、一食分だと言われてもなんら不思議には思わない。
『俺、まとめて買うよ』
そう言って、二つ肉まんを買ったあの日。
今日は、少し寂しい。
いいや…いつも、寂しいのかも。
そう思いながら、一つ、肉まんを頬張った。
他にも、あの日…いや、いつも来ていた道を歩いた。
色んな思い出が、雪崩のように押し寄せる。
あんなことがあった、こんなことがあった。その度に、何故忘れていたのだろうと思う。
いつかあの場所に行こう。
お揃いのものを買おう。
そう約束していた日々が来ることはなかった。
俺はあまりにも…不甲斐ない恋人だった
彼はここから見る夕焼けが好きだった。
最後のデートの日も、いつも通りここに来ていた。
商店街の奥の、少し丘を登った先にある展望台。ベンチがあって、いつも二人並んで座った。
来てみると、本当に変わらずベンチはそこにあった。
俺は隣に一人分開けて座る。
いつもデートの終わりには夕焼けを見ていた。
それだけのことが、なぜこんなに特別に思えるんだろう。
空が橙色に染まる。
ああ、本当に…
あの日はやけに、空が綺麗で澄んでいた。
『今日の夕焼け、いつもより綺麗じゃない?』
そう言われたのを覚えている。
その時はあまり違いが分からなかったけど、でも今なら分かるよ。
いつの間にか、天気屋さんが後ろにいた。
驚きました。そう言うと天気屋さんは相変わらずの感情が読めない顔で、信じて貰えましたか、と言って微笑んだ。
そう呟く。すると、天気屋さんは不思議そうに言った。
空の橙色が、どんどん薄れていく。
天気屋さんは、黙って俺の話を聞いていた。
指先を無意識に握りしめる。
我ながら、子供じみた願いだと思う。
彼は柔らかい声で言った。
彼が生前言っていた解釈が、すとんと腑に落ちた。
短い沈黙が落ちる。
太陽はもう半分、地平線に沈みかけていた。
天気屋さんはふと思い出したかのように言う。
彼は首を横に振った。
一瞬、言葉が出なくなった。
夕焼けを見る。
もう少し早くお金を貯めれていたら、指輪を渡せた。
帰るのがもう少し早かったり遅かったりしたら、交通事故に巻き込まれなかった。
当然のことのように、信じていた。
天気屋さんはゆっくりと頷いた。
その途端、心の中にある棘が少しだけ、削れて取れたような気がした。
風が、すっと頬を撫でる。
夕焼けが、さっきとは違って見えた。
そう呟くと、天気屋さんは同意する。
その言葉が、京介の言葉と重なった。
俺は思わず少し笑ってしまった。
太陽は完全に沈んで、辺りは真っ暗だった。
天気屋さんの後ろに、星が瞬いている。
それ以上彼は何も言わなかった。
急かすことも、答えを求めることもなく。
空はもう、夕焼けの名残だけを残して、静かに色を変えていた。
end
不思議な話を書きたい欲第2弾。
天気屋とそのお客さんのお話でした。
天気屋さんはなんかふわふわしてる人がいいなーって思ってたじにしたけど、中々たじな必要性はなかった…うーむ
あと髙牧。やはり髙牧は正義。
でも京介を死なせてしまい申し訳ないです。
不思議な話を書きすぎて普通の話が要素少なすぎて書きにくいと思ってしまうようになってしまった…
それはまた追々修行ということで。
リクエストもまだ募集してます!ここのケミでお願いしますとかでも全然大丈夫なので気軽にしてね
ではミズメでした〜












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!