前の話
一覧へ
次の話

第1話

147
2021/11/18 09:20
魔女
ここが『悪い魔法使い』さんのお家なのね? クラスメイト達はこのお家に入って悪い魔法使いの宝物を奪って戻ってくれたら友達にしてあげるって言っていたけど……宝物をとられるのは誰だって嫌よね。よし、お願いして宝物を貸してもらいましょう!
魔女
もしもーし! 悪い魔法使いさーん! もしいたらこのドアを開けてくださーい!
キィ……(ドアが開く)
魔女
あら? 勝手にドアが開いたわ! 何故なのかしら? きっと私を歓迎してくれてるってことよね。お邪魔しまーす!
魔女
この部屋から明かりが漏れているわ。ここにいるのかしら……ごめんなさい、入るわね。
悪い魔法使い
……誰だ
魔女
うわぁ! ビックリしたわ。返事がないものだからいないのかしらと思ったけれど、ちゃんといるみたいで安心したわ。貴方が『悪い魔法使い』さんね?
悪い魔法使い
ははは。そう呼ばれることもあったな。一人で俺を訪ねてくるなんざ、よっぽど怖い者知らずと見える。噂の通り、呪いをかけられたいのか? ドアには鍵が掛かっていたはずだ。どうやって俺に気づかれず入ってきた?
魔女
人違いではなさそうで安心したわ。ドア? ドアなら勝手に開いたけれど?
悪い魔法使い
……クロ
黒猫
シシシッ! ニャアが開けたと聞かれればそれは肯定するしかないニャアね。面白そうな魔女じゃニャアか。
悪い魔法使い
……はぁ。俺はずっと一人が良いんだ。おいお前、今なら逃がしてやるからさっさとお母さんの所にでも帰るんだな。
魔女
お母さんはいないの。お父さんも、友達も、勿論恋人もね。あっ、でも友達はもうすぐできる……予定なの。貴方の宝物を貸してもらったら、きっとすぐに。ね、お願い。必ず返すから、私のために貴方の宝物を貸してもらえないかしら。
悪い魔法使い
……お前、どうやら俺に負けず劣らずも哀れなやつと見える。お前をけしかけた奴等はお前が無事にこの家から出てこられるなんてこれっぽっちも想定してないだろうさ。それに、お生憎様。俺には生まれてこの方宝物なんてものがない。
魔女
えぇっ? なにかを大切だとか思ったことがこれっぽっちもないの?
黒猫
それはおミャー、ちょいと意地悪な質問じゃニャアか。それとも噂を知らないだけかニャ? 『毒の森の奥に住む、悪い悪い魔法使い! 会ったら最後、呪いの実験台にされて二度と日の目を見ることはない!』何かを大事にできるようなやつならそもそもこんな噂を広められ、挙げ句すっかり定着したりはしないのニャア。
魔女
う、うーん、聞いたことあるような、ないような?
黒猫
もしこいつが何かを大事にしだしたら、ニャアは三回回ってワンと鳴いてやっても良いくらいニャアよ。
魔女
それは困ったわね。宝物がなかったら、私はいつまで経っても友達ができないままじゃない。仕方ないわ。宝物の作り方を私が教えてあげる! まずは、他人の宝物がどんなものなのか知ることから始めましょう!
悪い魔法使い
余計なお世話だ。クロがせっかく教えてやったというのに噂を聞いても逃げる様子はないしな。よっぽど太陽が恋しくないと見える。お望み通り呪いをかけてやるとしよう。さて、どんな呪いが良いか……。
黒猫
魔女なら、もう帰ったニャア。
悪い魔法使い
……は?
〈場面転換〉
魔女
悪い魔法使いさーん! 来たわよ!
悪い魔法使い
……朝っぱらから五月蝿いな。
黒猫
もう一週間じゃニャアか。毎朝毎朝、ガラクタを玄関に置いていくのは。
悪い魔法使い
……あれは、あいつの宝物らしいぞ。蛇の脱け殻や蛙の丸焼き、月の雫……たまに呪いに使える物も入っているから一言にガラクタで片付けてしまうわけにもいかない。
黒猫
とか言って、呪いに使うでもなく戸棚に毎回しまいこんでいるくせに。あの魔女に情でも沸いたのかニャア? 昔の自分と境遇が似ているからかニャア?
悪い魔法使い
そんなんじゃない。
(悪い魔法使いがドアを開く)
魔女
……ばあっ!
悪い魔法使い
うわ。急に物陰から出てくるな!
魔女
へっへっへ。ビックリしたでしょ? あれからずっとドアを開けてくれないけど、宝物を置いたら次の日にはなくなってるから、きっと玄関先に悪い魔法使いさんが出てくることはあると思ったのよね!
悪い魔法使い
まったく、五月蝿くて五月蝿くて敵わない。
魔女
えぇっ? 五月蝿い? 良い声の間違いでしょう。私、呪文学の授業はきちんと受けてるのよ。立派な魔女になるための第一歩はやっぱりしっかり呪文を唱えることでしょう? だから、ボイストレーニングは怠っていないわ。試しに何か呪文を唱えてあげましょうか?
悪い魔法使い
いらない。
魔女
遠慮することはないわ。そうね。蝋燭に火を灯す魔法が良いかしら。ちょうど、宝物のろうそくがあるから……『灯せ灯せ炎の泡(あぶく)──ロウソクソクソク魔法の炎』!
黒猫
一瞬だけ火がついたのニャア。
魔女
ま、まぁこれは練習中だもの! たまに失敗しちゃうのよね……。
悪い魔法使い
なんだそのふざけた呪文は。俺がやってやる。貸せ。
(悪い魔法使いが魔女からロウソクを受けとる)
悪い魔法使い
『黒炎よ、全てを燃やし尽くせ。──レベル002』
黒猫
さすがニャアね。制御も完璧ニャ。蝋燭が黒い炎に燃やし尽くされて灰すら残らないニャア。
悪い魔法使い
こんなもんだ。……おい、聞いているのか?
魔女
……っ、す
魔女
すごおおおおおおいっ!!!!
悪い魔法使い
五月蝿いな
魔女
貴方って、呪文も完璧なのね! 呪文を言うときに少し雰囲気が変わって、声質も重たくなって……鳥肌が立っちゃった! 私も頑張ったら貴方みたいに呪文が唱えられるようになるかしら?
悪い魔法使い
それは無理だろう。
魔女
えええっ! 酷いわ! 難しいかもしれないけどやってみないとわからないじゃない!
悪い魔法使い
やってみなくてもわかるものはあるんだよ。
魔女
そんなことないわ! 私、絶対に無理だと思っていたけど、ちゃんと『恋人』が出来たんだもの!
悪い魔法使い
……は?
魔女
本当よ! 友達だっていないから、駄目だと思っていたんだけどね。あっちから私が好きだから恋人になってほしいって言われたの。昨日だってデートしたんだから!
悪い魔法使い
……お前もそいつのこと好きなのか。
魔女
え? う、ううーん、よくわからない、わ? とにかく、また明日、宝物を持ってくるから待っていてちょうだい!
(魔女は去っていく)
悪い魔法使い
……おい、クロ。あいつの後をつけるぞ。
黒猫
仰せのままに、ニャア~。

プリ小説オーディオドラマ