鬼を駆逐すると決意してから2ヶ月。やっと俺は前のようにはいかないけれど、あと一歩というところまで動けるようになった。むいはあれからなにか思い出すことはなかったけれど、ゆうと俺のことだけは憶えられるようになったようだ。怪我も治ってはきているが、まだ治りきってはいない。そんなむいは今から検診だ。この検診で後遺症が残るかがほぼ確でわかるらしい。
…あれから2ヶ月経っても、ゆうの怪我はしっかりとは治らなかった。しのぶさんによるとゆうは脊椎が損傷しているようで、手足に痺れ続けるという後遺症が残ってしまうようだった。…その後遺症のせいでゆうは剣士にはなれないらしい。ほんとうに残酷な世界だと思う。それでもゆうは、きっと鬼殺隊に入るであろうむいと俺のサポートに回ろうとこの蝶屋敷でとりあえず手伝いをすることにしたという。
むいはほんとうに何も憶えていられなかった。昨日のことはもちろん、さっき話したことや、話した人のことも忘れてしまうくらいに重度だった。性格も静かで冷徹になってしまったようだった。時々ナホちゃん、キヨちゃん、スミちゃんを泣かせてしまっているくらいにはむいの精神は冷たく凍ってしまった。
しのぶさんの部屋に着き、中に入るとむいの検診が始まった。まずは体調のことを診るようで、俺は近くのベッドに腰をかけていた。
口を開いたままにするむいをみてしのぶさんはニコッと笑った。身体の検診は終わり、後遺症は残らないようだ。ほんとうによかった…。そんな安心も束の間。次は問題の記憶障害の方の検診だ。
名前がわからなくてしのぶさんが怒っていると思っているのか、しおらしく答えるむい。ほんとうになにも憶えられないのは辛いだろう。
むいのフォローをしていると、急に診療室のドアがガラッと開いた。と思ったらそこに立っていたのは、あまね様だった。一礼すると診療室へと足を踏み入れた。
しのぶさんがあまね様に抗議する。そりゃそうだ。怪我は鬼と闘い終わったあの時に比べれば良くなったほう。だけどまだむいは傷が完全に塞がってはない。しのぶさんがとめる理由は痛いほどわかる。どうしようかと迷っていたその時、むいが口を開いた。
むいはそう言った。しのぶさんはそんなむいの言葉に絶句する。俺も正直まだ無理だと思ってた。でも、そんな俺たちをむいは真正面から真剣な眼差しで見つめた。
むいは記憶をなくしてる。でも、あのときの憎しみは忘れてない。そして、こんな思いをほかの人にしてほしくないと思ってる。俺だってそうだ。今は何処にいるかわからない家族やクロ達、翔陽たちにもそんな思いをしてほしくない。
それはもちろん、むいたちにも。こんな思いを二度としてほしくない。そのためには…
俺もむいについて行く。むいの隣で、二人で、ゆうと他の人たちを守るんだ。
そう言いながら深く頭を下げるしのぶさんはとても頼もしく思えた。いつも何かに怒っているしのぶさん。でも今は、俺たちのことを本気で思ってくれてる感じがする。…期待してくれてるのかな?じゃあ、その期待にしっかり応えなきゃね。
そうして、俺たちは蝶屋敷を出る準備をした。服はあまね様が用意してくださった袴を着た。むいは薄いミントグリーンの霞模様が入った袴、俺は臙脂色の紗綾形模様の袴だった。その後すぐに俺とむいは別室にいるゆうを迎えに行った。ゆうは来てくれるかわからなかったけど。
カタ…
部屋から出たときと全く違う服装に一度驚き、あまね様がいることに二度と驚いたゆう。もしかしてという顔をしてたから多分察してたんだろうね。
哀しげな顔をするゆう。そんな顔をしてほしいわけじゃないんだ。俺たちは、俺たちみたいなことをこれ以上増やさないために戦いに行くんだ。ゆうは後遺症で戦うことができない。だから俺たちだけ行くのが、死んでしまうかもしれないのが嫌なんだ。俺だって、仲間が死んだらヤダ。
むいが急に口を開き、ゆうの手を握った。何をしてるのかという顔をするゆうと、その顔をしっかりと真剣な眼差しで見つめるむい。
そう言ったむいはさらに強くゆうの手を握った。そして、ゆうのおでこに自分のおでこをくっつけて目を閉じてこう言った。
多分…むいの一番守りたいのはゆうだ。むいにとってゆうは最愛の兄…最後の肉親だから。これ以上ゆうを傷つけさせたくないんだ。…俺も、大切な人を…ゆうとむいを守りたいなぁ。
そう言って二人は互いを強く抱きしめ合った。二人は仲が悪いのかと思ってたけど、やっぱり愛し合ってるんだなって再確認した。この二人をみてたらやっぱり元の世界のみんなに会いたくなってくる。家族を、周りの人を大切にしたいって思うんだ。
ゆうは俺の目をしっかりと見て、真剣な表情でそう言った。必ずむいを…二人を守るってこのときに心に誓ったんだ。俺はどうなってもいい。だから…この二人だけは…そうとも思った。二人はそれを望まないかもしれないけど、俺はそう願った。
蝶屋敷門前
蝶屋敷を出ると、入口のところでしのぶさんたちが待っていた。ちっちゃい女の子たち…ナホちゃんキヨちゃんスミちゃん、アオイさんもいて、みんなが俺たちのことを見送りに来てくれていた。
それがちょっぴり嬉しくて、みんなにお礼を言った。ナホちゃんキヨちゃんスミちゃんは怪我したらいつでも来てくださいね!と言ってくれた。アオイさんはお気をつけてとだけ。…アオイさんも俺たちによくしてくれたなぁ…最後にしのぶさんにお礼を言った。この人は俺たちに一番よくしてくれた人だった。
そう圧をかけられたことに俺は気づいていたけど怖かったから全力で気づいてないふりをした。むいとゆうもお礼を言って、俺たちの定期検診のことを話してくれた。蝶屋敷に来るのは2週間後だそうだ。
各々が別れの挨拶をしている中、俺は門から少し離れた大きな木に話しかけた。正確には木に隠れている人影に話しかけたんだけど。
俺が話しかけたことで、その子はそそくさと木の陰に完全に隠れてしまった。多分…この環境からして女の子だ。俺たちがしのぶさんの部屋(診察室)に行くといつも遠くの方から隠れてこっちを見てた子だ。ゆうは気づいてなかったけど、俺とむいはきづいてたんだ。…俺もだけどあの子も多分人見知りだから話しかけなかった。…なんでこっち見てんのか気になるけど。2週間後には話せたらいいな。
そうして、俺たちは蝶屋敷から退院し、お館様の御屋敷に少しの間居候させてもらうことになった。
お館様の御屋敷はとても大きかった。びっくりするぐらい。びっくりしすぎて逆にびっくりしなかった。こんな豪邸あったんだぁ…みたいに。
お館様に俺たちは会ったことがあるからほんの少しだけど緊張は解けてる…。けど、むいは一度も会ったことがないから心配してたけど…。意外と落ち着いてて安心した…。
そう言ってお館様は俺たちがいる部屋から退出なさった。お館様が見えなくなると、むいが急に俺とゆうの間にコロッと転がってきた。体調でも悪くなったかと心配していると、うつ伏せだったむいが仰向けになってこう言った。
俺たちが最初にあの方を見て、あの方の声を聞いたときはそう思った。今もそう思ってるけど。むいも思うってことは多分相当な何かをお持ちの方なのだろう。
このときだろう。俺たち三人がこの方を裏切ることは絶対しない、大切な人を守れるなら命を捧げると誓ったのは。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。