「ちょっとだけだよ……ほんとに、少しだけだから」
そう自分に言い聞かせながら、あなたの名字(漢字)あなたの下の名前(漢字)はマウンドに立った。
新品ではない、でも手入れの行き届いたグローブ。
握ったボールが、掌にぴたりと馴染む。
(——いつぶり?)
たぶん、もう1年以上。
野球から距離を置き、触れないようにしてきたあの感覚。
だけど、心と身体は驚くほど素直だった。
御幸がしゃがみ、構える。
「準備、いい?」
「……行きます」
風を切って、腕が振り下ろされる。
ビシィッ——ン!!
ミットが激しく音を立てる。
御幸の眉が動く。
後ろで見ていた春市や東条が思わず声を漏らす。
「うそ……今の、かなり速くない?」
「てかコントロールも……すごい」
バッターボックスに入った倉持が苦笑いを浮かべながらバットを構える。
「……ほんとに女子かよ。ちょっと手加減してくれないと、心が折れるわ」
あなたの下の名前(漢字)は無言で首を横に振った。
「手加減、しません。そういうの、嫌いなんで」
その言葉に、倉持がニヤリと笑った。
「だろうな!」
——再びピッチ。
ストレート、スライダー、時にチェンジアップも織り交ぜて、あなたの下の名前(漢字)の投球は見る者すべてを圧倒していく。
1年生たちはざわつき、三年の先輩たちでさえ神妙な顔をしていた。
そんな中、ひとり静かにマウンドを見つめていたのが、降谷暁だった。
(……やっぱり)
あのとき、自分が勝手に傷つけた彼女。
でも彼女は、今こうして“投げる”ことで、すべての答えを出してくれている。
(やっぱり……彼女は、ピッチャーなんだ)
最後の1球を投げ終わったあなたの下の名前(漢字)は、静かに息を吐いてミットを下ろした御幸に一礼した。
「ありがとうございました」
「……すげぇよ、お前。高校でちゃんと野球続けてたら、マジで今ごろ代表狙ってたんじゃね?」
ぽつりとそう言われ、あなたの下の名前(漢字)は笑った。
泣きたくなるくらい嬉しかった。
そのあと、グラウンドを離れようとした彼女に、降谷がそっと声をかける。
「……やっぱり、君のピッチング、好きだ」
あなたの下の名前(漢字)は立ち止まり、少しだけ戸惑ったように降谷を振り返る。
「……そんなの、初めて言われたよ」
「うん。僕も初めて言った」
「バカ」
——でも、その“バカ”には棘はなかった。
むしろ頬が赤く染まっていて、降谷は心臓の音が耳に届くほどドキドキしていた。
「また……投げてもらってもいい?」
その問いに、あなたの下の名前(漢字)はほんの一瞬だけ、目を伏せて。
「その時のバッターが、ちゃんとした覚悟持ってるならね」
言いながら歩き去っていく背中。
その姿を、降谷はただ真っ直ぐに見つめていた。
(甲子園に……また行きたい)
彼女に、マウンドに立たせる方法はまだ分からない。
だけど、彼女の夢を一緒に見ていく覚悟はできている。
——そして、遥の心にも小さな灯が灯る。
それはまだ“恋”とは呼べないかもしれないけれど。
確かに、誰かに“認められた”喜びと、心がざわめく感覚だった。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!