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第3話

「 君の言葉で夢を見たい 」┊︎ 02
1,400
2026/03/02 12:32 更新


ピロロロ……ピロロロ……



聴き慣れたスマホのアラームで目を覚ました。


今日は雑誌の取材のスケジュールが入っているけれど、
ホテルを出るのは午後だから早く起きる必要はなかった。


だけど気を抜けばまた、
昼まで寝てしまいそうでアラームを設定して眠った。


目を瞑ったまま手探りで
スマホを枕の下から引っ張り出して、
慣れた動作でアラームを止める。



再び静けさを取り戻した布団の中で寝返りを打った。




アラーム、かけなきゃよかった。




さっきまで心地いい夢を見ていた気がする。


意識がはっきりしていくにつれて薄くなっていく
夢の端を掴むみたいに、
ぎゅっと目を閉じて夢の内容を思い出そうとする。



誰かと話していたと思う。

何を話していたかはわからない。




ただ、とても心地いい声だった。









──あ。





昨日の電話の人だ。








そう気づいた瞬間、夢の輪郭が少しはっきりした。




でも姿はうまく思い出せない。


そもそも現実の僕が
声の持ち主の顔を知らないんだから、
夢にはっきり出てくるはずがない。



だけど夢の中の彼女が
昨日の電話の女性だとわかるのは、
あの羽毛布団みたいに柔らかい声が
頭の中に残っているから。



夢の中の声が昨日の電話の声だということまでは
わかるのに、その内容はまるで思い出せない。


それどころか夢の中でも僕は、
彼女の言葉の意味はわからなかった気がする。



ただあの柔らかい声に包まれながら、
その意味が理解できない自分に
がっかりしていた感覚だけが残っている。




僕はうっすらと目を開けた。


閉じた遮光カーテンの隙間から、
白い光がコンサートのレーザー演出みたいに
天井と布団に伸びていた。




夢の中ですら日本語がわからないだなんて。



ピーターパンみたいに空を飛んだり、
アベンジャーズみたいに戦う
非現実な夢を見ることは出来るのに
なんで日本語のレベルは現実と一緒なんだよ。


そこは夢なんだから都合よくしてくれてもいいじゃん。





……夢のくせに、夢がないな。




せめて夢の中でくらい
彼女の言葉を理解したかったのに。



そんなことを思いながら体を起こした。


顔を動かすたびに、頭のてっぺんで
髪がふわふわ揺れている感覚があった。


寝癖で跳ねた髪をぐしゃぐしゃと適当に整えながら、
ベッドサイドのボタンを押す。


ウィーンと機械の音がしてカーテンが自動で開いた。



窓から入ってくる日の光に目を細めながら
お腹すいたなと胃のあたりをさすったとき、
ピコンと思いついた。




そうだ、朝食のルームサービスを頼もう。





ホテル生活中はルームサービスを使うことが多い。

だから、ルームサービスを頼むこと自体は珍しくない。




ただその動機が若干不純なだけで。





……いや、そんなことない。


ルームサービスを頼むことは宿泊者である僕の権利だ。





そう開き直って昨日と同じ内線番号を押した。


ぷるる、ぷるると呼び出し音。

おはようございます。
ベルデスクのジェシカでございます


……違う人だった。



しかも日本人じゃなかった。

日本語ネイティブではない僕でも
発音とイントネーションで日本人じゃないとわかる。



さすが世界中に展開しているホテルだなと感心しつつ、
僕の日本語も昨日の彼女には
こんなふうに聞こえていたのかもな、と思った。

あなたの推し(名前)
ブレックファスト、ルームサービス、
おねがいします
かしこまりました。何名様分ですか?


なんめいさまぶん──。



僕は諦めて英語に切り替える。

あなたの推し(名前)
Excuse me, Could we speak in English, please?すみません、英語でお願いします


結局僕はまた英語でルームサービスの手配を済ませた。


日本語は話せる方だと思っていただけに、
地味にショックだった。


思い返してみれば僕が話せる日本語って
「叫べー」とか「一緒に!」とか──

ライブでしか使わない語彙しか
持ってないかもしれない。



自分の日本語能力を過大評価していた。




僕が英語で頼んだブレックファストは30分後に届いた。


部屋まで持ってきてくれたのは
もちろん彼女なわけもなく、
エプロンをつけたレストランのスタッフだった。


朝食は届いたのに、何かが物足りない。



届いたトーストとベーコン、スクランブルエッグを
フォークとナイフで口に運びながら考える。


そもそも部屋からの電話を取っているのは
どこの部署の人なんだろう。


昨日も今日も、この内線は「ベルデスク」に繋がった。




……ベルデスクって何だ?



僕たちはホテルを使う機会こそ多いが、
チェックインなどを直接することはない。

スタッフが事前に打ち合わせをして、
前乗りで進めてくれているから。



だから僕たちが直接フロントに立ち寄ることはないし、
他のデスクに用もない。




朝食を食べながらスマホで「ベルデスク」と検索する。


ベルデスクとは、ゲストを部屋まで案内したり
荷物を預かったりする“ベルスタッフ”のデスク。

その他にもタクシーの手配や
電話を受けたりもするらしい。



……なるほど。

ってことはあの人もロビーにいるんだな。




そう仮説を立てた。




朝食を完食した僕は
もう一度同じ番号に電話をかけた。

そして朝食を下げるお願いをして受話器を置いた。



今回もまた電話に出たのは違う人だった。



……ベルスタッフ……何人いるんだ?



そんなことを思いながら着替えて、
姿見に映った自分を見た。


髪をセットするほどじゃない。


どうせこのあと取材の時に
ヘアメイクしないといけないし。



髪を軽く手櫛で整えてパーカーのフードを被った。

そして木製のかっこいいカードキーを
ポケットに突っ込む。




これはただの偵察だ。




そう言い聞かせて部屋のドアを開けた。











ロビーフロアに降りた僕は、
セットをしていない前髪で顔を隠しながら
ソファの端っこに腰を下ろした。


ゲストが誰もいなかったら気まずいな、
と思ったけれど、思ったより人が行き来していた。


みんなソファに座る僕を気にもかけず、
朝食会場になっているラウンジへ吸い込まれていく。



そんな光景を見つめながら、僕は耳を澄ましていた。




「おはようございます」

「ちょうしょく……ごあんない……」

「おにもつ……しましょうか?」



日本語の意味はわからなくても、
声のトーンや雰囲気だけで、ゲストの声と
ホテルの人の声の違いはなんとなくわかった。


その中に昨日のあの声が紛れていないか、
スマホを見るふりをして聞き分ける。


電話の向こうから聞こえた柔らかい声を
何度も頭の中で繰り返しながら。




違う……声が高すぎ。

違う……日本人じゃない。

違う……男の人だ。



しばらく頭の中で照合作業を繰り返したけれど
僕の探している声は見つからなかった。



やっぱり無駄だったか。

そもそもホテルって夜勤とかもあってシフトだよな。

昨日いたから今日もいるとは限らないじゃん。



ようやくそのことに気づいて、ため息をついた。


声にだけ集中していたのを解除すると、
人の足音やスーツケースを転がす音、
奥のラウンジの皿が触れ合う音が
どっと押し寄せてきた。


……部屋に戻って二度寝でもしよ。



そう思ってソファから立ち上がろうとしたその時──





おはようございます






ずっと探していたあの声が聞こえた。


その声がする方を思わず振り返る。



そこには黒い制服を身に纏い、
にこやかに会釈をする女性がいた。





見つけた……





そのつもりでロビーまで降りてきて、
声を頼りに探していたくせに、
いざとなると動けなかった。



心臓がバクバクする。




ゲストを見送った彼女はゆっくりとロビーを見渡し──

僕の方を見た。





あっ、まずい──






慌てて視線を逸らそうとしたけれど、遅かった。

彼女は僕を見て、やわらかく微笑んだ。



そしてそのまま僕の方へ向かって歩いてくる。





やばい、どうしよう。





そう思うのに、目線を逸らせなかった。



きれいに整えられた制服姿が
徐々にはっきり見えてくる。


髪もきれいに整えられていて
その歩き方さえも無駄がなくて洗練されていた。



僕の目の前まで来た彼女は
すごく自然に腰を落として僕を見上げた。

おはようございます。何かお探しでしょうか?


間近で聞く彼女の声は
電話越しよりももっと柔らかかった。




「おはようございます」

「なにかおさがしでしょうか」





柔らかい声を頭の中で繰り返しながらハッとする。





……何か答えないと。





「なにかおさがしでしょうか」





何も探してない。

何もしていない。




그냥 앉아있어요.ただ、座ってるだけです


って日本語でなんて言うんだろう。




ダメだ、咄嗟には出てこない。


だから頭の中の日本語の引き出しを
全部ひっくり返して、
この状況に使えそうなものをかき集めた。





あなたの推し(名前)
……トイレ、どこですか?






……いや、なんでだよ。



なんでよりによって「トイレ」を選んだ?



自分の語彙力にガッカリしながら彼女に笑いかけた。


彼女は一瞬何かを考えるみたいに僕の目を見て、
すぐにニコリと笑った。



そして、軽く体の向きをその方向に向けながら、
丁寧な英語でトイレまでの行き方を教えてくれた。

あなたの推し(名前)
ありがとうございます……


本当はトイレに用はないけど、
こうなってしまった以上行くしかない。


僕がソファから立ち上がると
彼女も一拍置いて立ち上がった。


僕の顎先のあたりから彼女が僕を見上げて微笑んだ。



皺ひとつない高級感のある制服を見ながら
小さくお辞儀をして、彼女が教えてくれた方へ向かう。




何歩か歩いた時、彼女の声が背中の方から聞こえた。

おはようございます。
ごゆっくりお過ごしいただけましたか?
ええ、────。
左様でございますか。それは────。


彼女の明るく、柔らかい声がやけにはっきり聞こえた。




……聞き取れはしないけど。




徐々に遠ざかっていく、僕に向けられた時とは違う
少し砕けた雰囲気の彼女の声に耳を澄ます。


彼女がくすくすと笑っている声が聞こえた。




いいな。

あの声とたくさん会話ができて。





今回も結局、彼女の日本語はあまり聞けなかった。

すぐに英語に切り替えられてしまった。




落ち着いた英語の声も
聞き取りやすくて心地いいけれど、
やっぱり日本語のやわらかい声が好きだ。



もっとあの声を聞いてみたい。



彼女の言葉で理解したい。

彼女の言葉で伝えたい。



僕が彼女と同じ言葉を話せたら、
それが叶うのかもしれない。




僕は用事のないトイレの扉を押した。

綺麗に磨き上げられた鏡の前で立ち止まる。



鏡に映った僕は、
思ったよりも楽しそうな顔をしていた。


あなたの推し(名前)
……おいおい、まじかよ




▷ to be continued...

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