翌日。放課後チャイムが鳴った瞬間、私は誰よりも早く教室を飛び出した。
(今日のステージ準備には、絶対に顔出してくるはず。Knightsの中でも、瀬名先輩ってそういうとこしっかりしてそうだし……知らないけど)
昨日決意した通り、私はイベントスタッフとして立候補した。アイドルに興味が全くない私が立候補したせいか、担当の先生に驚かれたが、本来の目的なんて口外出来るわけがなかった。
そしてちょうど今日から、出演ユニットとスタッフの打ち合わせが始まるという絶妙なタイミング。運命、味方してる。
(これはもう、神が「堕とせ」って言ってるとしか……!)
そうして私は、軽く緊張しながらステージ準備室に向かった。
「……ってことで、ステージ前の導線は今の案で大丈夫そうかな?」
「音響側にも伝えておくね〜。衣装班とは明日打ち合わせあるんでしょ?」
準備室ではすでに打ち合わせが始まっていて、私はそっとその輪の中に加わった。
そして、いた。銀髪に淡く光る水色の瞳。何もしていなくても目を引くその立ち姿。瀬名泉は、資料を片手にやや退屈そうな顔をしていた。
(よし……まずは軽く声をかけて、自然な接触……!)
私は、緊張を押し殺して彼の近くへ歩み寄る。
『……あの、瀬名先輩』
「ん?なに?この後衣装の相談があるから手短に言って欲しいんだけどぉ?」
めちゃくちゃ軽いノリで返ってくる。
『えっと、今日の進行表って、ここだけ修正入ってるみたいなんですけど……先輩が書き足しました?』
「ん〜?ああ、それ?俺じゃないけど?くまくんとかじゃない?」
『くまくんって誰だよ……とりあえず確認してみます』
(……失敗。会話、3秒で終了……)
そりゃあイベント直前だから忙しいか。堕とすことで精一杯だったから、すっかり頭から抜けていた。普通に考えて日常的な会話どころかちょっとした会話さえも時間がないのは当たり前だ。
でも、まだだ。落ち込んでる暇はない。接触を増やすのが目的なら、他にもチャンスはあるはず!
そして第2の作戦。彼が一人でステージ脇のモニターを確認していたタイミングで、私は思い切って声をかけた。
『あの、瀬名先輩って……音響とかも詳しいんですね。すごいです』
「はぁ?なに? 急に褒めるターン入った?」
『い、いや別に。尊敬というか……先輩って、何でもできるんだな〜〜すごいな〜〜って?』
「ふ〜ん……」
一瞬だけ、瀬名泉がこちらを見る。その顔に浮かんでいたのは__笑顔。
だが。
「そういう媚び売り系、俺あんま好きじゃないんだよねぇ」
『……っ』
撃沈。
思わず言葉を失って、私は固まった。場の空気も一瞬だけひんやりする。
でも瀬名泉は、まるで「当たり前」のように、そのまま背を向けてスタスタと去っていく。
(……え?なに、今の……)
媚びたつもりなんてない。ただ、少しでも彼の得意な分野に触れて、会話の糸口を作りたかっただけなのに。
(やば……全然うまくいってない)
数分後。気まずさを引きずったままステージ裏で作業していると、またしても後ろから声がかかる。
「そこの宣戦布告女。あんた、今日ずいぶん頑張ってたよねぇ?なに、そんなに俺のことが気になってきちゃったわけ?」
瀬名泉だった。こっちはまだ立ち直れていないというのに、彼は何のダメージもなかったかのように、涼しい顔で近づいてくる。
『……何がですか』
「“堕とし作戦”、でしょぉ?頑張ってアピールしてるの、ちゃんと伝わってるよぉ」
ぞわり、と背筋が凍った。まさか気づいてた?瀬名泉は、唇の端だけでにやりと笑った。
「でもさぁ、あんたがやってること、全部“普通の人がやるやつ”なんだよねぇ」
『……“普通の人”……?』
「そう。俺みたいな完璧アイドルには、そういう“褒めて近づく”とか、“さりげなく話しかける”みたいなベタなアプローチ、効かないの。むしろバレバレで逆効果?」
『……っ』
言葉が、出なかった。確かに彼はそういう人、そう言われたらなんだか納得いくかもしれない。
泉の瞳は、こちらを見透かすように揺らがない。
「俺を落とすつもりなら……“それ以上”じゃないと、無理だからねぇ?」
彼はそのまま背を向け、軽やかに歩き出した。その背中には、余裕と自信と、わずかな挑発の香り。
私は拳を握りしめた。
(……悔しい。でも……余計にやる気、出たかも)
完璧で、見透かしてくるようで、余裕たっぷりなこの男を____
(絶対、堕としてやる)
そう心に誓いながら、私はもう一度ノートを開いた。
《瀬名泉堕とし作戦・改訂版》
その文字の下に、私は力強く新しい一文を書き足した。
"瀬名泉にとっての、例外になれ”












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!