___数日前のKnightsのライブが、まだ胸の奥でざわざわと反響している。
『……はあ』
放課後の教室。私は窓際の席に突っ伏して、思いっきりため息をついた。
ライブを観に行ったのは、ほんの気まぐれだった。友達に誘われて断れなかっただけ。だけど__あの銀髪スカし男、“瀬名泉”というアイドルだけは、どうしても印象に残っていた。
笑顔も完璧。ダンスも完璧。歌声も、客さばきも、何もかもが完成されていて、ステージの中心にふさわしい人だった。
それなのに、私の胸には「すごい!」という感動より先に、別の感情が渦を巻いた。
(……なんか、鼻につく)
自信満々で、余裕たっぷりで、なぜか「どうせ私たち庶民のことなんか見てないくせに」って思ってしまった。
そのくせ、夢の中に出てくるのは、いつも瀬名泉の横顔だった。あのときの、ライトに照らされた笑顔が、まぶたに焼き付いて離れない。
『って、私は何考えてるんだろ……』
頭を振って気持ちを切り替える。ちょうどその時、委員の先輩が教室に顔を出した。
「あなたちゃん、ちょっと今いい?」
『あ、はい!!今行きます!!』
少し席を立つのが億劫だったが、あの銀髪野郎を忘れるにはちょうどいい。重い腰を上げて、教室の扉へと向かう。
「あなたちゃん。今日、放課後って空いてたりする?よかったらさ、イベントのステージ設営手伝ってもらえたりしない?」
『えっ、ステージ?なんで私が?』
「急遽、普通科からも人員が必要になって。お願いできると助かるんだけど」
「……わかりました。行きます」
もやもやしているくらいなら、体を動かして気を紛らわせた方がいい___。
そう思って引き受けたのが運の尽き、いや、運命の始まりだったのかもしれない。
体育館に設営班の生徒が集まり、パイプ椅子やステージの支柱をせっせと運んでいく。空間はがらんとしていて、響く声も足音もよく通る。舞台の骨組みを運びながら、私は内心ずっとソワソワしていた。
(なんでステージってだけで、あの人のことが頭をよぎるんだろう……)
瀬名泉。こっちは名前すら向こうに知られてないはずなのに、こっちはずっと思考を占拠されてるなんて、悔しいったらない。なんであんな奴のことが頭から離れないのだろうか。思い出したくもないのに。
脚立にのぼって天井から吊るす幕を取りつけていた時、ふいに脚立がぐらついた。
『あっ――!』
バランスを崩した身体をとっさに自分で支えたが、手に持っていた備品が床に落ち、大きな音を立てた。
「大丈夫!? あなたちゃん!」
『……すみません、大丈夫です』
先輩に支えられてなんとか脚立を降り、落とした備品を拾い上げながら、心の中で思った。
(……このままじゃ、ダメだな)
こんなにぐらつくのは、気持ちの問題だ。名前も知らない相手のことで、いつまでも揺さぶられてちゃいけない。
(よし、忘れよう)
そう決めた。あんな完璧で、鼻につくようなアイドルのことなんて___忘れてしまおう。
数時間後、作業はひと段落し、生徒たちは順々に体育館から出ていく。
私は最後の点検のため、ひとりで備品リストを見ながら裏方スペースへと歩いていった。本当はこんなことをしたくなかったが、頼まれてしまったものはどうしようもない。
誰もいない体育館。奥まった場所で電源コードを確認していた時、ふと誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。足音は軽く、靴音は品があり、遠くからでも存在感がある。
(ん……? 誰か来た?)
忘れ物でもしたのだろうか。思わず顔を上げた、その瞬間___薄明かりの向こう側。幕の切れ目から現れたのは、水色の瞳だった。
「ちょっとぉ、あんた、こんなところで一人で何してるわけぇ?」
『………は?』
声に振り返る暇もなく、息を呑む。この声には、聞き覚えがある。
『瀬名、泉……!?』
そう、あの"瀬名泉"が、目の前に立っていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。