第3話

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2025/05/14 10:20 更新


 会場は、校内とは思えないほど本格的だった。天井にはライトが何本も張り巡らされ、巨大スピーカーからは軽快なリズムが流れてくる。
 ステージ前方の立ち見席には、既にKnightsのファンらしき生徒たちがびっしり。うちわやペンライトを掲げて、「司くーん!」「は〜〜凛月に会えるなんてほんと夢みたい!!!」と黄色い声を上げている。

「ねえ、あれ持ってる子見た?限定グッズのアクリルスタンド、ちゃんとラメ入ってるんだよ……!」
「やばっ、あのマフラータオル、今じゃもうオークションでしか手に入んないやつじゃん……!」

 オタクたちの情熱が爆発しているなか、私はひとり取り残されていた。

『…帰って課題やったほうが有意義だったんじゃ……?』
「はぁ?何言ってんの?課題はいつでもできるけど、ライブはこの時間しか見れないんだよ??そんなのライブの方が有意義じゃない??」
『あーはいそうだねアンタにとってはそうだねー』

 ぼそりと呟いた声は、歓声にかき消される。
 そしてそれとほぼ同時、場内の明かりがふっと落ちた。

「キャーーーーッ!!!!!」

 同時に、空気がビリビリと震える。ライトが点滅し、音楽が鳴り響くと、ステージの中央に、五人の男が現れた。

「お姫様たち、元気にしてたか〜〜?」
「ちゃんと目を離さないで、俺たちのことしっかりと目に焼き付けて帰るんだよぉ?」

 センターにいるオレンジ髪の男のその隣。そこ立っていたのは、銀髪にアイスブルーの瞳――見るからに“王子様”なルックスをした男だった。
 間違いない。彼が__瀬名泉。

『………あ、なるほど』

 私は思った。
 これは確かに完璧すぎる。だが、それが逆に鼻につく、と。

 表情、所作、髪の乱れ一つすら計算されたような完璧さ。誰がどこから見ても「美しい」と思うであろう立ち姿。そして、極めつけはあの“ドヤ顔ファンサ”。

「……ほら、そこのあんた。よそ見なんてしてないで、俺だけを見ててよねぇ?」

 ……私のことだ。100%、こっちを見て言った。だって、周りの誰よりも強い視線を感じたし、その指は、どう見ても私を指していた。
 でも。

(………あーはいはい、 そういうのを“営業スマイル”って言うんですよね)

 心の中で冷静に突っ込んだ私は、まったく動じていなかった。むしろちょっと冷めたかもしれない。明らかに感情のこもっていないそのファンサに、表情筋のカケラも動かなかった。

「ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうだったっ!?あなた! 瀬名先輩の目線、完全にこっちだったよね!? 今、人生で一番の高血圧感じてるんだけど!!ねえ確定ファンサもらった気分、どう!?!?!?」
『……あの人、ああいうの慣れてるんだろうな〜って思った』

 私のつれない感想に、美奈は絶句した。

「えっ、えっ……? ちょ、ちょっと待って? 今、瀬名先輩に“営業スマイル”って言った!? ねえ、神に向かってなんてこと言ってるの!? バチ当たるよ!? 髪の毛燃えるよ!?」
『大丈夫大丈夫、そんなんでバチは当たらないし、最悪髪燃えたら毛先からトリートメントし直すよ』
「そういう話じゃないでしょ!!!!」

 冷静に返すと、美奈はその場で崩れ落ちた。……そんなにショックだったのか。アイドルオタクとは本当に不思議な生き物である。

 ライブはその後も続いた。パフォーマンスは確かにすごかった。凛月さんの気だるげだけど心地よい歌声と、朱桜さんの初ながらピシッとしたダンス、鳴上さんのキラキラな笑顔に、レオくんのぶっ飛んだパッションと一寸のブレもないダンス。それぞれが違う色を放っていて、見ていて飽きない。

 でも。それでも、やっぱり私は、自信満々に微笑む瀬名泉に、どうしても“釈然としない”感情を抱いていた。

(……なんなのあの余裕のある完璧さ。誰にでも優しくて、誰にでもファンサして、まるで全員が特別かのように見せて……。見え透いてるからね!?そういうの、分かるから!こっちは普通科なんだよ!?何百冊と少女漫画読んで、そういう王子様ムーブの裏側、だいたい知ってるんだからね!?)

 決して“嫌い”ではない。むしろすごいとは思う。でも、「かっこいい……」とか「キュンとした……」とか、そういう感情には一ミリもたどり着かない。むしろ、

(うわ〜〜〜〜、イケメンって自己肯定感の塊〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)

 と、脳内で叫ぶ始末。
 そして、極めつけはエンディングの一言だった。

「また、すぐに会おうね。……運命の子たち」

 私の顔は、引きつっていた。私の心の中のツッコミが止まらなかった。

(うん、今、全員に言ったよね? 一人も特別じゃないよね!? そもそも“運命の子たち”ってなんだよ、ファンタジーか!?)

 一方、隣の美奈は鼻血寸前の顔で「ヤバイ……語彙力失った……」とブツブツ言っていた。
 
 (なんだこの世界。)

 帰り道、私は心はずっとなんとも言えない感情で溢れかえっていた。興奮とかそういうものじゃない、なんだか釈然としない、モヤモヤした感情。

『私たぶん、アイドル沼にはハマらない自信あるわ……』
「えっ!? 逆に何が刺さらなかったの!? あの瀬名先輩の目線、キラキラ、うるうる、天使スマイル、完璧な手の角度、あれに“ふーん”って済ませられる人、世界に何人いるの!?」
『多分、私がその一人だと思う』
「やば……世界……広すぎ……」

 落ち込む美奈の背中をポンと叩きながら、私はふと思った。

(でもまあ……この人たちと関わることなんて、どうせ今日が最初で最後だし)

 ――そう、私はこのとき、完全に油断していた。
 まさか、あの“完璧すぎて鼻につく男”に、数日後からやたら絡まれる日々が始まるだなんて。

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