静かな校内に、僕らの……僕の乱れた呼吸が反響する。
もつれそうになりながらも、足を前へ前へと必死に動かす。
もう先生にばれないようにとか、そんなことを考えている余裕なんてなかった。
やくの後ろから現れた妖怪は、死神のような姿をしていた。
そして、その手に持つ大きな鎌で僕らを狩ろうとしてくる。
今も、逃げる僕らの後をしっかりと追いかけてきていた。
死神のような妖怪は確実に、やくを狙っていた。
今だって、僕を見ることもせずやくに鎌を振るう。
やくがどうして妖怪を引き付けやすいのか、今でもその理由は分からない。
どうしたら良いのか、このまま外に出たところで変わるのか。
なにか、どうにかしてやくもこの妖怪も怪我無く──……。
視界に入った、鎌の切っ先。それは、僕に向けられていた。
気付いた時にはもう遅い。
なにかが切り裂かれる音と、なにかが床に垂れる音。
僕の目の前が、一瞬、真っ赤に染まる。
やくが、僕の眼前にいるやくの腕が、赤い血を垂らしている。
息をのむようなやくの声が聞こえ、その光景が幻覚ではないことを知る。
────『あざみ、大丈夫かい?』
昔の光景がフラッシュバックする。
昔と、あの時と同じ。
やくに腕を取られ、再び足を動かした。
学校を出て少し走った先。
振り向いても、妖怪の姿は見えなかった。
そう言ってこちらを見るやくの腕からは、血が出たままだった。
そう言ってポケットをまさぐるが、今僕が持っているのは絆創膏くらいしかない。
絆創膏じゃ到底間に合わないし、きっと消毒もした方がいい。じゃないと、膿んでしまう可能性がある。
あまり気は進まないけど、今はやくの怪我の手当てが最優先事項だ。
やくの怪我を手当てをするために居るのは、僕の部屋だった。
切り付けられた傷は思っていたよりも浅く、縫わなくてもよさそうなことに安堵する。
さすがに縫うような怪我は病院に行ってもらわないといけないから。
丁寧に消毒をしていると、ずっと黙っていたやくが口を開いた。
僕が住んでいる離れは、僕以外誰もいない。
家具も何もかも僕一人だけのもの。
それを見れば、その質問が出てくるのは当たり前だった。
だから、あまりここに連れてくるのは気乗りがしなかった。
なんて答えていいのか考えながら手当てをしていると、やくは違う話題を出し始めた。
聞かれたくなかった話題だって、伝わってしまったのかも。
やくは結構おしゃべりな方なのに、聞かれたくない部分を掘り下げたりはしない。
それが居心地よくて、やくと一緒に居る様になったのを思い出した。
時間も時間だから、と帰るやくを見送るために家を出る。
手当てが終わってもあれこれ話してしまって、気が付けば補導されるかもしれない時間帯まであともう少し。
やくはきっと、素直に話しても聞いてくれる。
変な同情をして、遠巻きにすることもしない。
僕の家が陰陽師だって聞いても、変な顔をしない、と思う。
僕が口を開いたその時。
あたりの木々が揺らいで、刹那、やくの後ろから鎌を持った妖怪が現れる。
間に合わない。
脳裏に浮かぶのは、小さな頃に消えてしまったお兄さんの最期の姿。
凛とした声が聞こえ、ふわりと風が吹く。
瞬間、やくの後ろにいた妖怪の体に白い紐が巻き付き、目も開けていられない程の光に包まれた。
次に目を開けた時にはその妖怪は跡形もなくなっていた。
振り向いたそこにいたのは、つばきと、父だった。
















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!