第12話

第十二話
434
2025/07/14 09:00 更新
西條 やく
西條 やく
はぁ……っ、はぁっ、
あざみ! はやく!
安倍 あざみ
安倍 あざみ
わかってる、けど……!
静かな校内に、僕らの……僕の乱れた呼吸が反響する。
もつれそうになりながらも、足を前へ前へと必死に動かす。

もう先生にばれないようにとか、そんなことを考えている余裕なんてなかった。

やくの後ろから現れた妖怪は、死神のような姿をしていた。
そして、その手に持つ大きな鎌で僕らを狩ろうとしてくる。
今も、逃げる僕らの後をしっかりと追いかけてきていた。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
ねぇ、やくを狙ってない?
西條 やく
西條 やく
やっぱり!? 俺もそう思う!
西條 やく
西條 やく
っわ! ほら! 鎌!
俺に当たりそう!
死神のような妖怪は確実に、やくを狙っていた。
今だって、僕を見ることもせずやくに鎌を振るう。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
(懐かれやすいだけじゃなくて、
攻撃されることもあるんだ)
やくがどうして妖怪を引き付けやすいのか、今でもその理由は分からない。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
(話しかけても全然反応してくれない。
それどころか、止まった瞬間にきっと、
遠慮なく鎌でやられる)
どうしたら良いのか、このまま外に出たところで変わるのか。
なにか、どうにかしてやくもこの妖怪も怪我無く──……。
西條 やく
西條 やく
あざみ!!
視界に入った、鎌の切っ先。それは、僕に向けられていた。

気付いた時にはもう遅い。


なにかが切り裂かれる音と、なにかが床に垂れる音。
僕の目の前が、一瞬、真っ赤に染まる。


やくが、僕の眼前にいるやくの腕が、赤い血を垂らしている。

西條 やく
西條 やく
ッ……

息をのむようなやくの声が聞こえ、その光景が幻覚ではないことを知る。


────『あざみ、大丈夫かい?』

昔の光景がフラッシュバックする。
昔と、あの時と同じ。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
やく……?
西條 やく
西條 やく
い、ッ……走るよ、あざみ!
やくに腕を取られ、再び足を動かした。







西條 やく
西條 やく
ここまでくれば平気かな……?
学校を出て少し走った先。
振り向いても、妖怪の姿は見えなかった。
西條 やく
西條 やく
ふぅ……結構走ったけど、あざみは平気?
そう言ってこちらを見るやくの腕からは、血が出たままだった。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
僕は平気。でも、やくが……
西條 やく
西條 やく
あー……えへへ。
うん、ちょっと痛いかも
安倍 あざみ
安倍 あざみ
そうだよね、ごめん、僕のせいで
西條 やく
西條 やく
あざみのせいじゃないよ。
考えてたんでしょ? あの妖怪のこと
西條 やく
西條 やく
何があったのかって、
なんで攻撃的になるんだって。
あざみらしいよ
安倍 あざみ
安倍 あざみ
それで君を傷つけてたら意味がない
安倍 あざみ
安倍 あざみ
早く手当てを……
そう言ってポケットをまさぐるが、今僕が持っているのは絆創膏くらいしかない。
絆創膏じゃ到底間に合わないし、きっと消毒もした方がいい。じゃないと、膿んでしまう可能性がある。

あまり気は進まないけど、今はやくの怪我の手当てが最優先事項だ。







やくの怪我を手当てをするために居るのは、僕の部屋だった。
切り付けられた傷は思っていたよりも浅く、縫わなくてもよさそうなことに安堵する。
さすがに縫うような怪我は病院に行ってもらわないといけないから。

丁寧に消毒をしていると、ずっと黙っていたやくが口を開いた。
西條 やく
西條 やく
あざみって一人暮らしなの?
安倍 あざみ
安倍 あざみ
(やっぱり、気になるよね)
僕が住んでいる離れは、僕以外誰もいない。
家具も何もかも僕一人だけのもの。
それを見れば、その質問が出てくるのは当たり前だった。

だから、あまりここに連れてくるのは気乗りがしなかった。
西條 やく
西條 やく
あざみって忘れ物放置しそうだけど、
ちゃんと取りに行くんだね
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……いつもなら放置だけど、
明日文化祭でしょ
安倍 あざみ
安倍 あざみ
いつもと違うから、
さすがに放置は良くないかなって
西條 やく
西條 やく
そっか。いろんな人が出入りするもんね
なんて答えていいのか考えながら手当てをしていると、やくは違う話題を出し始めた。
聞かれたくなかった話題だって、伝わってしまったのかも。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
(怪我の時だってそうだ。
あまり触れられたくない部分は、
深く追求してこない)
やくは結構おしゃべりな方なのに、聞かれたくない部分を掘り下げたりはしない。
それが居心地よくて、やくと一緒に居る様になったのを思い出した。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……はい、おしまい。痛くない?
西條 やく
西條 やく
痛くない! ありがとう!
いつもいつも手当てしてくれて
安倍 あざみ
安倍 あざみ
僕が出来るのはこれくらいだから
西條 やく
西條 やく
そろそろ、俺もあざみのこと
手当てできそうだから安心してね!
安倍 あざみ
安倍 あざみ
見て覚えた?
西條 やく
西條 やく
うん!
初めてしてもらった時からずっと、
見てたから








時間も時間だから、と帰るやくを見送るために家を出る。
手当てが終わってもあれこれ話してしまって、気が付けば補導されるかもしれない時間帯まであともう少し。

安倍 あざみ
安倍 あざみ
(結局、やくは家のことを
聞いてこなかったな)
やくはきっと、素直に話しても聞いてくれる。
変な同情をして、遠巻きにすることもしない。
僕の家が陰陽師だって聞いても、変な顔をしない、と思う。
安倍 あざみ
安倍 あざみ
(やくになら、話してもいいかも。
……やくになら、聞いてほしいかも)
西條 やく
西條 やく
じゃああざみ、また明日ね
安倍 あざみ
安倍 あざみ
……ねぇやく、あのさ
僕が口を開いたその時。
あたりの木々が揺らいで、刹那、やくの後ろから鎌を持った妖怪が現れる。



間に合わない。



脳裏に浮かぶのは、小さな頃に消えてしまったお兄さんの最期の姿。



安倍 あざみ
安倍 あざみ
やく……!










安倍 つばき
安倍 つばき
だからあれほど、言っていたのに










凛とした声が聞こえ、ふわりと風が吹く。
瞬間、やくの後ろにいた妖怪の体に白い紐が巻き付き、目も開けていられない程の光に包まれた。
次に目を開けた時にはその妖怪は跡形もなくなっていた。

振り向いたそこにいたのは、つばきと、父だった。

プリ小説オーディオドラマ