
「 そんなわけ、あるかよ…… 」
クロムの言葉を遮るように、
椅子を引いた音が部屋に響いた。
俺は研究室を飛び出し、無言で夜の道を走る。
息が切れて、
喉が焼けるような感覚があった。
心臓の音だけがうるさくて、
呼吸が追いつかないほど思考が暴れている。
家までの道が、やけに長く感じて、
ビルの灯りがまぶしくて、
でも何も見えてないような…
赤信号が目の前に立ちはだかり、
足を止める。
「 いるはずだろ
……いたじゃねぇか、昨日まで 」
走る。
ただまっすぐ、あの部屋に。
* * *
鍵を開けて玄関を開けると、
キッチンの灯りがついていた。
テーブルにマグカップがふたつ。
その奥から、いつもの声がする。
「 おかえり 」
リビングには、いつも通りのあなたがいる。
ソファに座って、
俺の方を見て、微笑んでいた。
ーー ああ、やっぱりそうだ
クロムの勘違いだ。
ちゃんと、ここにいんじゃねぇか。
そう思ってほっとしたと同時に、
感じた違和感。
窓から差し込む街灯の光を受けて、
あなたの輪郭だけが、わずかに淡く滲んで見えた。
透明になりかけたガラスみたいに、
どこか焦点が合わない。
そのまま、あなたは話し出す。
「 千空と、もっと一緒にいたかったなあ、 」
言葉は穏やかで、
まるで日常会話みたいに続いていく。
「 千空って、
1人になるとすぐ生活が崩れるでしょ?
ご飯は?洗濯は?
寝る時間めちゃくちゃにするでしょ? 」
笑ってるのに、
声の奥に涙がにじんでいるように聞こえる。
「 誰が千空の頭、撫でてあげるの?
……あ、でも、
他の女の子に撫でられるのはやだな。
すっごくやだ。
それならまだ、
ロボットに撫でられてたほうがいいかも 」
いつものような調子であなたは笑う。
俺は、
声が出なかった。
それでも脳が、ようやく思い出していく。
7日前の、交差点、
あの時のことを ーーー













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!