第12話

第10話 駆け出し漫才師の軌跡
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2022/04/14 02:09 更新
あなた
信忠と洋子がコンビを結成してから、これまでが嘘のように注目を浴びるようになっていった
研修生ではあるものの、古株の先輩芸人の目に止まったということもあり、翌月にはなんと初めての劇場での出演が決まっていた
ドキドキしながら劇場に向かったものの、天然の洋子は緊張すればするほど意味の分からないことを言うため信忠がツッコミやすくなり、お客の笑いを引き出すことに成功
その後も、順調に劇場での出番を増やしていき、同期の中でも1、2を争うほどの出世頭になったのである

だが2人は慢心することなく、もっと売れたいという気持ちが同じだったため、出番が増えても練習を怠らなかった
むしろ練習回数を増やしていった

そんな中で、お互いに同じ河川敷で練習していたことに気づき、不思議な縁があるように感じた
1人だとネタ作りにも面白みをそれほど感じていなかったのに、2人だとネタ作りも楽しい時間になった

だからなのか、お互いに自分の心の内を相手に打ち明けることにも抵抗がなく、信忠は貧乏時代の話を、洋子はイジメられていた頃の話が自然とできたのである
そしてそれも、ネタの中に踏襲されていく

そしてネタ作りをしている時、2人の横には必ず美味しいご飯があった
2人のネタ作りの場が、少々お高めの喫茶店だからだ

若手芸人のネタ作りの場と言えばファミレスが定番だ
夜中も開いているので都合が良い
だが洋子は世間知らずのお嬢様で、夜中に集まって夜中に解散するというのは危険だと信忠は思った

だからバイトの時間帯をなるべく夜中にして、洋子とのネタ作りや漫才の練習は昼の時間帯か朝の時間帯にするようにした
もちろん劇場での出番が終わったら夜ということもあるので、そういうときは信忠が必ず洋子を家まで送るようにしている
山谷洋子
山谷洋子
「信忠君。本当にいつも送ってくれなくてもいいんですのよ?」
秋山 信忠
秋山 信忠
「いやいや、危ないから。洋子は天然キャラじゃなくて、本当に天然だから、何があるわからないし」
山谷洋子
山谷洋子
「失礼ね。あ、でもじゃあ、上がっていって。いつも外で食事をしているけど、私が作るから。実は昨日、美味しそうなお肉が安く買えたの」
秋山 信忠
秋山 信忠
「上がるって、家に?」
山谷洋子
山谷洋子
「えぇ、私の家なら時間も気にしなくてもいいし、ただよ」
秋山 信忠
秋山 信忠
「そりゃそうだけど……」
あなた
時刻は9時
今から食事をして、ネタ作りとなると終電を逃してしまう可能性がある
信忠と洋子の家は電車だと3駅ほどしか離れていないが、歩くとなるとそれなりの距離があるため、できるなら電車で帰りたい
秋山 信忠
秋山 信忠
「いやでも今日はやめとくよ。だって終電が……」
山谷洋子
山谷洋子
「だったら、泊まっていけばいいんじゃない?」
秋山 信忠
秋山 信忠
「!?」
あなた
簡単にそう言ってしまう洋子に対して、信忠はため息をついた
これは信忠がちゃんと見張っていないと、この先も危ないと思った
秋山 信忠
秋山 信忠
「わかった……だけど、俺以外の奴は、そんなに簡単に家にあげたりするなよ」
山谷洋子
山谷洋子
「なぁに、それ」
あなた
だが洋子は全く意味が分からないといった具合にケタケタと笑ったのだった
1度泊ってしまえば、また泊ればいいという具合に、2人はネタ作りを洋子の部屋ですることが増えた
そしてやがて、だったらもういっそのこと、一緒に住めば家賃も半分になるし楽なのではということになり、コンビを組んで1年で2人は一緒に暮らし始めた

だがそこに、男女の関係はない
お互いに純粋に漫才コンビとして、同志として一緒に暮らしているだけだ

ただ一緒に暮らしていると、以前よりもお互いのことを知ることにはなった
食事の好みも2人は違う

例えば信忠は朝食をとらないが、洋子は朝は必ずパン食
昼食と夕食はできる限りがっつり食べたい信忠だが、洋子は昼食は取るが夕食は軽めでいいといった具合だ

若手芸人として活躍するようになってきたものの、まだまだ芸人の給料だけでは到底食べていけないので、バイトをしている
そのため、劇場がある時は一緒に行動をしているが、それ以外の時間は意外と別々の行動をしていた

もちろん、ネタ作りの時間と漫才の練習時間は必ず確保するようにはしていたが

ネタ作りに関しても、2人は少し独特だった

基本的にネタ作りというのは、1人が考えて、それを2人で練習して漫才をするものなのだが、2人は違う
信忠が大まかな流れを作って、その場で洋子に思ったことをすべていってもらい、それをそのままネタにしていたからだ

つまり、洋子のボケの部分は、ネタでも何でもなく洋子の感想ということ
信忠は秀才肌といえるが、洋子は相方さえ見つかれば天才肌としてやっていけるところがあったのだ

その分、信忠が苦労をしているのは言うまでもないが

それでも、2人もお笑いにかける真剣さは同じだったので、時にはネタのことやお笑いのことで喧嘩をすることもあった
だがケンカをしていてもお腹はすく

ぐー
という、腹音が鳴れば、洋子はご飯を作り始め、食べるころには2人は仲直りをしているのである

これまでは1人で食べることが多かった食事も、コンビを組んでからは2人で食べることが増え、食事の時間が何よりも幸せだった
それと、劇場での出番を何回か終えた頃から、洋子が劇場を見に行っていた頃に通っていたメロンパン屋にも立ち寄るようになった

甘いものが苦手だった信忠だが、なぜかここのメロンパンだけは食べられた

信忠と洋子は売れっ子芸人とまでは行かないまでも、今までの人生で一番幸せな時間を過ごしていたのである

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