太宰さんに渡された鍵は、ずっしりと重かった
「敦くん、君が拾ってきた子の件はもういいよ。彼女なら、もう心配ない
(そっか、あの人はもう大丈夫なんだ
……どこか別の部屋で休んでるのかな。よかった……)
──それより、探偵社に新しい『お客さん』が来た。
しばらくの間、君がお客さんの食事と、
…生存確認を担当してくれたまえ」
そう言って渡されたメモには、ただ一行。
『接触禁止。不用意に触れれば、君でも再生が追いつかないほど焼けるよ』
(……そんなに危ない人なのか?)
敦は、お盆を持つ手が少し震えるのを抑えながら、医務室の前に立っていた。
ドア越しでも分かる。
部屋の中の空気が、異常に「熱い」
物理的な温度というより、皮膚がチリチリと焼けるような、強烈なプレッシャー
この先にいる人は、強い
虎の本能であろうか、そう身体が理解をする
(あの人が使ってた部屋だけど……
中には、もっと危ない状態の人がいるみたいだ)
敦はおずおずと鍵を開け、中へ足を踏み入れた
カーテンが閉め切られた暗い部屋
そこにいたのは、膝を抱えて丸まり、床から十センチほど浮いたままの女性だった
敦が、目の前の彼女を「自身が助けた女性」だとは気づいていない
何故か
一つは、先入観だ。
「彼女はもう大丈夫だ」と太宰に告げられたことで、
敦の思考から「この部屋に彼女がいる」という選択肢が消えていたこと
そしてもう一つは、彼女自身の変貌だ
膝の間に深く顔を埋め、乱れた髪が顔を隠している
顔が、見えないのだ
また、発せられるプレッシャーも、以前に、敦を拒絶した際の爆発とは異なっていた
中也に嫌われたかもしれない
そう思ってしまうのを辞められない
そんな不安定な状態の彼女からは「事象」が溢れ出す
自分を責め、傷つける
それは客観的に見れば暴走
けれど、ある意味では自傷行為とも言えるだろう
彼の前から逃げ出した自分への嫌悪、中也を傷つけた罪悪感
それらが形を成し、自身の体から熱となって噴き出す
自分を責め、傷つけることでしか、彼女は今の自分を保てない
これら全て、太宰治の思惑通り
────あなたは、死んだことにする












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!