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第3話

燃え盛る骸骨
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2025/08/27 14:23 更新
〈2043年 / 12 / 23 / 13:16 / 爆心地〉
目の前に佇む異質な存在、グレンに向かって手を伸ばす。
生き物とも機械とも見れる姿形をしたそれは、俺と同じように巨大な手を伸ばし、手のひらをこちらに向けてきた。
試しに登ってみると、グレンは指を軽く折り曲げ、ゆっくりと手を持ち上げる。
巨大な顔が俺の目の前に現れる。顔つきは機械じみていて、目は細長く、イルミネーションのように黄色い光が等間隔で点滅していた。
葛木竜馬
目が覚めたみたいだな…歩けるか?
俺はできる限り相手を怖がらせないよう、優しく語りかけてみた。全高17mもあるグレンは、何も言わずただ俺を見下ろしていた。
グレンは静かに俺を見下ろしだけに留まり、何もしてこない。沈黙が二人の間に流れ、気まずい空気感が生まれる。
どうにかしてこの沈黙を破りたかった俺は、有機機械と分類されるグレンには、必ずコクピットがある筈だと予想を立て、当ての場所を探す為に手のひらから腕へと渡り、胴体部へと走る。
葛木竜馬
だいぶ乱暴なやり方だけど…我慢してくれよ…
独り言をぼやきながら、コクピットに繋がるハッチを手の感覚を頼りに、氷のように冷たい温度を感じながら、僅かな違和感も見逃さないよう全神経を集中させる。
そのかいあってか、それらしいモノをグレンの喉元辺りで見つけることができた。取手を掴み、出せる限りの力でそれを引っ張る。
何度か短い休憩を挟みながら、ハッチを引っ張ること約五分。ようやく重たい扉を開くことができた。
中には操縦桿と座席が一体化した物と、360度全方位を映すスクリーンが張り巡らされた、いかにもコクピットらしい空間が広がっていた。俺は座席のシートに身をどさっと落とすと、先ほどまで空いていた扉が閉まり密閉空間が作られる。
葛木竜馬
ずいぶんと高性能なんだな…
スクリーンが虹色に輝き、若干のノイズが走る。画面は無数のブロックに分割され、それぞれが別角度の景色を描写、違和感を最小限に留めて繋ぎ合わされ、人間の視覚とほぼ同じ映像が映し出される。
葛木竜馬
操って良いんだよな?
緊張感を胸に秘めたまま、操縦桿を前に倒す。するとグレンはそれに従い、右脚を真っすぐ前に突き出し、重い振動を起こしながら脚を地面に付けた。
「素直に従ってくれた」と安心して胸を撫で下ろすと、脳髄を砕かれるような感覚が、いきなり脳に直接伝わってくる。いや、感じたことは少なからず一回はある。
敵意や怒りと言った感情が沸き立ったときと、同じ感覚。
しかし、その感情は今の俺には生まれていない…これは、グレンがたった今感じているもので、俺はたった今、リアルタイムでそれを感じ取っているのだ。
葛木竜馬
ぐ…どうした、グレン!いきなり殺気なんか出して…
スクリーンに映し出されている景色が、右から左へと流れ、左側にあった景色が視界の中心まで運ばれる。
映像の移動が終わると、画面の中心部に「ENEMY」と表情されたマークが表示される。そのマークを見た俺は、グレンが殺気を放ち始め、肌を刺すような感じを受け取った。
ウェンシィー・ナウ
こちらは、国連軍第一有機制圧隊。そちらの所属を明らかにせよ
画面の中心にいたのは、俺が乗っている機体グレンと姿形は一緒だった。しかし、カラーリングが異なり、携帯している武器の数も段違いだった。
俺の機体カラーが全身深い緑色で武器が銃剣しか持っていないのに対し、相手は全身灰色で、ぱっと見ただけでも、武器は銃剣とミサイルポッド、散弾銃が機体に装備されていた。そして、何よりも特徴的なのは、肩にペイントされた人の頭蓋骨にヒビが入り、目の部分から青い炎が燃え盛るエンブレムだった。
葛木竜馬
えっと…俺はどこにも所属していない、ただの民間人だ。アシミレーションの現場に居合わせて、グレンに乗せられたんだ
ウェンシィー・ナウ
なるほど…「グレン自体に選ばれた」と。なら、貴様には死んでもらわなければならない
葛木竜馬
な、なんでだよ!俺は何も問題を起こしていないじゃないか!
目の前に佇む機体のパイロットは、女性のような声色ではっきりと、「死んでもらう」と宣言した。
あまりの発言に、俺は抗議をするが相手は聞く耳を持たず、銃剣を機体に持たせ、光弾を三発撃ってきた。
飛来してくる光弾を避けようと、俺は操縦桿を引こうとする。しかし、それよりも早く機体が生きているかのように動き、光弾を全て叩き落とした。
落とされた弾は地面と触れた瞬間に、コンクリートをも一瞬で蒸発させるほどの熱を放って消滅した。
ウェンシィー・ナウ
機体に助けてもらうだけでは、私には勝てないんだよ!
葛木竜馬
俺は戦うつもりはない、話を聞いてくれ!
敵は銃剣を構え懐に飛び込み、銃身に付けられたナイフの切っ先を真下に振り下ろしてくる。俺は機体を操り、間一髪の所で、鍔迫り合いに戦いの局面を運ぶことができた。
しかし、相手の機体のパワーがこちらを上回っているのか、切っ先を装甲板に触れさせないように持ちこたえるので精一杯だった。
葛木竜馬
ぐ…うぅ…何て馬鹿力だよ!
ウェンシィー・ナウ
その声…竜馬、竜馬なの!?
彼女は声を聞いた瞬間、力を弱め俺の名前を叫んだ。しかし、俺は彼女のことなど知らないし、誰かも判らない。
だが、これだけは判った。「この好機を逃せば、反撃は二度とできない」と。
俺は機体を操り敵機の胴体に強烈な蹴りを加える。機体は脱力したように宙を舞い、地面にその巨体を打ちつける。
葛木竜馬
何で…何で俺の名前を…
ウェンシィー・ナウ
私だよ…お前の姉、美怜だよ…忘れたの?
葛木竜馬
みれ…い……?
彼女の一言を聞いた瞬間、俺の頭は真っ白になった。確かに、俺には姉がいた。しかし、俺の姉の名前は「美怜」ではない…確信は持てないが、直感がそう言っていた。
葛木竜馬
違う…俺の姉さんは、美怜なんて名前じゃない!
ウェンシィー・ナウ
っ……!
俺がそう叫んだ瞬間、美怜と名乗った女性の雰囲気ががらりと変わった。
体の内側に包まれていた敵意が、どっと溢れ出したような圧迫感が、機体を通してはっきりと知覚できる。
ウェンシィー・ナウ
そう…そうね、私は貴方の姉じゃない。覚えておいて、私の名前は、ウェンシィー。ウェンシィー・ナウ…葛木美怜でも何でもない!
ウェンシィーと名乗った彼女は、機体を立ち上がらせると、両脚から虹色の円を放ち、重力を無視して空へ文字通りの意味で"飛んだ"。
彼女は再び銃剣を構えると、光弾を放ちながら一気に距離を詰めてくると、怒りに身を任せて切っ先を何度も振り下ろしてくる。
飛来した光弾は全て直撃、斬撃は全て胴体や腕に受けてしまう。コクピットのスクリーンには砂嵐が何度も走り、既に一部のカメラは死んで何も映さなくなっている。
機体の調子も出だしの頃とは打って変わり、動きにキレが無くなり、怯えたように逃げ腰の姿勢になってしまっている。俺が何度も操縦桿を動かし、強気の反撃に出ようとするも、乗機側がそれを拒むのだ。
ウェンシィー・ナウ
あれだけ愛したのに…孤独を埋めようと努力したのに…それを、お前はぁ!
怨みに駆られ獣のように叫ぶ彼女の声は、俺の恐怖心をどんどん助長させていった。
再び、脳髄を砕かれるような感覚が伝わる。感じ取ったのは、乗機グレンが感じている恐怖や不安といったマイナスの感情。意識が中途半端に共有されているせいなのか、機体が感じている恐怖心が、何倍にも増幅されて、俺の脳に流れ込んでいるように感じられる。
ウェンシィー・ナウ
お前が望んだから、私はお前を抱いた。その度に何度も身籠った…けれど、私にはお腹の子供を育てる余裕なんてなかった…だから、全員堕ろしたのに…私の子供を全員殺してまで、尽くしたのに!
葛木竜馬
ウソだ…そんなの…ウソに決まってる!
ウェンシィー・ナウ
ウソなんかじゃないんだよ!私はお前の精を腹に蓄えて、何回も身籠っては堕ろしてを繰り返したんだ。そのせいで…私はもう、愛する人の子供を産めないんだ!そのきっかけを作っておいて…私を忘れるなんて!
俺は耳を塞ぎたかった。彼女の悲痛な叫びを聞く度に、身に覚えのない自分の罪を認めてしまいそうだったから。
彼女は自身の機体を操り、俺の機体を何度も殴りつけてくる。金属同士が激しくぶつかる音と、鈍い振動がコクピットまで響いてくる。
スクリーンは全て死に絶え、外の景色を映さない。光源のない密室空間で感じ取れるのは、ウェンシィーの叫びと機体が殴られている音だけ。
ウェンシィー・ナウ
私はもう…女の身体じゃないの。子宮を失った女なんて、女じゃないもの…
葛木竜馬
そん……な…
鈍い振動が止み、彼女の叫びは一度落ち着きを取り戻した。その駄賃として、彼女のお腹には子宮は存在せず、子供を身籠ることも、愛する人との愛の結晶を作り出せないということを聞かされた。
ウェンシィー・ナウ
…竜馬。次に会った時は覚えていて、ウェンシィー・ナウの名前を…この名前は、貴方を殺す者の名前だから
彼女は一際冷たい声でそう宣言する。それと同時に、機体が空を飛んでいく音が聞こえてくる。
おそらく、撤退したのだろう。俺は意を決してコクピットの中から身を乗り出し、ウェンシィーが乗っているであろうグレンを見つめる。
機影は逆光で輪郭をぼやかし、はっきりとは捉えられなかったが、一つだけ肉眼で捉えられたものがあった。それはウェンシィー・ナウを象徴する魔のエンブレム…蓋骨にヒビが入り、目の部分から青い炎が燃え盛るエンブレムだった。

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