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第8話

「すれ違いの日」
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2026/02/28 11:00 更新




朝。









やまとは少し忙しそうだった。










スマホを見ながらコーヒーを飲んで、
何度も時間を確認してる。









「今日、打ち合わせ長引きそう」









そう言われたのは、準備をしながらだった。










「そっか。」










俺はそう返した。








それだけ。
















本当は、
今日は一緒に昼ごはん食べたいな、とか。










久しぶりにゆっくり話したいな、とか。











そういう気持ち、ちゃんとあった。









でも。










忙しそうな背中を見たら、
言えなかった。









「俺は大丈夫だから」








そう思った。









いつも通り。














昼過ぎ。









やまとから「まだ終わらない」のLINE。









了解、って返した。










スタンプも付けた。
笑ってるやつ。










その時胸の奥が、ちょっとだけ冷えた。










でも、
気のせいだと思った。















夕方。










やっとやまとが帰ってきた。









「ただいま、」









「…おかえり」









俺はキッチンに立ったまま言った。









振り向かなかった。









「今日は特に疲れた〜」








やまとはソファに倒れ込む。









その声はいつもより重たかった。










「今日、いつもよりも長かった?」









そう聞いた。









「うん、まあ」









短い返事。







それだけ。
会話がそれ以上広がらなかった。









俺は胸の奥がじわじわ苦しくなるのを感じた。









でも。これくらいで不機嫌になるのは絶対に違う。









そう思った。













夕飯を出してもやまとはスマホを見てた。









「ごめん、これだけ今返信してもいい?」










「いいよ、」









即答した。








本音は、全然いいよとは思わなかったけど。















食事中もあまり目が合わない。










話しかけても反応が少し遅い。










たぶん、悪気はない。









分かってる。








でも。









「俺といる時間」より「仕事」が優先されてる気がして。







勝手に、寂しくなった。
















食後。








「俺、先に風呂行ってくるわ」








そう言って、
やまとは立ち上がった。









その背中を見た瞬間。








胸の中で、何かがぷつっと切れた。








「……ふーん」










思ってもない声が出た。










小さく。









でも、やまとにはちゃんと聞こえたらしい。









「…ん?」








振り返る。








「………ゆうたなに?」









しまった、と思った。








でも。








もう戻れなかった。









「別に、」







「なんでもない」















やまとは少し眉をひそめた。








「なんかあるなら言ってよ、」








その言い方が。









今の俺には少し強く聞こえた。
















「…ッ…ほんとに言ってもいいの?」









なんと言われるのか怖かったけど、
俺は勇気を出して聞いた。








やまとは、
少し間を置いてから言った。









「…いいけど……それ今じゃないとだめ?」















……その一言で。









たった一言で。









胸の奥に溜まってたものが一気に溢れたのが分かった。









「……そっか」








俺は、笑おうとした。








でも、
声が震えた。









「…っ…じゃあ、いいし」















やまとは俺の表情を見て、
ようやく異変に気づいた顔をした。









「…まってゆうた」








名前を呼ばれる。









でも。










俺はもう、
耐えられなかった。










「ごめん……」








そう言って、
その場から逃げた。










寝室に向かって。











ドアを閉めて。
















ベッドに座った瞬間。










涙が、勝手に落ちた。











なんで泣いてるのか、分からない。










大きなことは何も起きてないし。









怒鳴られたわけでもない。










無視されたわけでもない。










それなのに。









「それ今じゃないとだめ?」









その一言が、
ずっと頭に残って。











「俺は、いつならいいんだろう…………」









そう思った瞬間。









喉がぎゅっと苦しくなった。










俺は、
声を殺して泣いた。










枕に顔を押しつけて。










嗚咽が漏れないように。
















しばらくして。










ノックの音。










「…っ…ゆうた?」










やまとの声。











返事できなかった。









返事した瞬間にまた泣きそうで、
涙を隠せなさそうだったから。










寝室のドアが、ゆっくり開く。









やまとが入ってくる。










俺は背中を向けたまま。









「……ごめんね」









やまとが言った。









「さっきはひどいこと言っちゃった。」










俺は何も言わなかった。










言葉にしたら、本当に崩れそうだった。












やまとはベッドに腰掛けて少し迷ってから、
俺の背中に触れた。










「……触っていい?」









小さな声。









俺は、
小さく頷いた。
















その瞬間。








背中に触れた手の温度で。









我慢してたものが全部溢れた。










「……っ」








声が、出てしまった。











やまとが、すぐに抱き寄せる。










「本当にごめん。」










「……気づけなかった」











俺は、やまとの服を掴んで、
泣いた。











声を出して。










子どもみたいに。











「やまとがめちゃくちゃ忙しいの、分かってる」











泣きながら言った。











「邪魔したくないのも、本当…なの……」










「でも、…っ…」











言葉が、詰まる。










「今日は、やまととちょっと一緒にいたかった…っ…」











やまとは何も言わずに
強く抱きしめた。










「…そういうの」









低い声。








「ちゃんと言ってよ。」









「今じゃないとだめ?、とか言って」









「ほんとにごめんゆうた。」










俺はやまとの胸に顔を埋めて、
首を横に振った。










「…俺も、」








「勝手にひとりで我慢して、」









「勝手に傷ついた。」










「……ちがうそれは俺のせいだよ」










やまとが言う。









「そうやってすれ違う事もある。」












「でもさ、」










俺の髪を撫でながら。









「次は泣く前に、」









「ゆうたが傷ついてしんどくなる前に、教えて」











俺はやまとの胸の中で何度も頷いた。









 ̄ ̄ ̄







ほんの一言。








ほんのタイミング。











それだけで、こんなに苦しくなる日がある。









でも。







ちゃんと話せば。









ちゃんと、
抱きしめてもらえれば。








すれ違いは、
ちゃんと戻れる。










そのことを、思い出した日だった。






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