朝。
やまとは少し忙しそうだった。
スマホを見ながらコーヒーを飲んで、
何度も時間を確認してる。
「今日、打ち合わせ長引きそう」
そう言われたのは、準備をしながらだった。
「そっか。」
俺はそう返した。
それだけ。
⸻
本当は、
今日は一緒に昼ごはん食べたいな、とか。
久しぶりにゆっくり話したいな、とか。
そういう気持ち、ちゃんとあった。
でも。
忙しそうな背中を見たら、
言えなかった。
「俺は大丈夫だから」
そう思った。
いつも通り。
⸻
昼過ぎ。
やまとから「まだ終わらない」のLINE。
了解、って返した。
スタンプも付けた。
笑ってるやつ。
その時胸の奥が、ちょっとだけ冷えた。
でも、
気のせいだと思った。
⸻
夕方。
やっとやまとが帰ってきた。
「ただいま、」
「…おかえり」
俺はキッチンに立ったまま言った。
振り向かなかった。
「今日は特に疲れた〜」
やまとはソファに倒れ込む。
その声はいつもより重たかった。
「今日、いつもよりも長かった?」
そう聞いた。
「うん、まあ」
短い返事。
それだけ。
会話がそれ以上広がらなかった。
俺は胸の奥がじわじわ苦しくなるのを感じた。
でも。これくらいで不機嫌になるのは絶対に違う。
そう思った。
⸻
夕飯を出してもやまとはスマホを見てた。
「ごめん、これだけ今返信してもいい?」
「いいよ、」
即答した。
本音は、全然いいよとは思わなかったけど。
⸻
食事中もあまり目が合わない。
話しかけても反応が少し遅い。
たぶん、悪気はない。
分かってる。
でも。
「俺といる時間」より「仕事」が優先されてる気がして。
勝手に、寂しくなった。
⸻
食後。
「俺、先に風呂行ってくるわ」
そう言って、
やまとは立ち上がった。
その背中を見た瞬間。
胸の中で、何かがぷつっと切れた。
「……ふーん」
思ってもない声が出た。
小さく。
でも、やまとにはちゃんと聞こえたらしい。
「…ん?」
振り返る。
「………ゆうたなに?」
しまった、と思った。
でも。
もう戻れなかった。
「別に、」
「なんでもない」
⸻
やまとは少し眉をひそめた。
「なんかあるなら言ってよ、」
その言い方が。
今の俺には少し強く聞こえた。
⸻
「…ッ…ほんとに言ってもいいの?」
なんと言われるのか怖かったけど、
俺は勇気を出して聞いた。
やまとは、
少し間を置いてから言った。
「…いいけど……それ今じゃないとだめ?」
⸻
……その一言で。
たった一言で。
胸の奥に溜まってたものが一気に溢れたのが分かった。
「……そっか」
俺は、笑おうとした。
でも、
声が震えた。
「…っ…じゃあ、いいし」
⸻
やまとは俺の表情を見て、
ようやく異変に気づいた顔をした。
「…まってゆうた」
名前を呼ばれる。
でも。
俺はもう、
耐えられなかった。
「ごめん……」
そう言って、
その場から逃げた。
寝室に向かって。
ドアを閉めて。
⸻
ベッドに座った瞬間。
涙が、勝手に落ちた。
なんで泣いてるのか、分からない。
大きなことは何も起きてないし。
怒鳴られたわけでもない。
無視されたわけでもない。
それなのに。
「それ今じゃないとだめ?」
その一言が、
ずっと頭に残って。
「俺は、いつならいいんだろう…………」
そう思った瞬間。
喉がぎゅっと苦しくなった。
俺は、
声を殺して泣いた。
枕に顔を押しつけて。
嗚咽が漏れないように。
⸻
しばらくして。
ノックの音。
「…っ…ゆうた?」
やまとの声。
返事できなかった。
返事した瞬間にまた泣きそうで、
涙を隠せなさそうだったから。
寝室のドアが、ゆっくり開く。
やまとが入ってくる。
俺は背中を向けたまま。
「……ごめんね」
やまとが言った。
「さっきはひどいこと言っちゃった。」
俺は何も言わなかった。
言葉にしたら、本当に崩れそうだった。
やまとはベッドに腰掛けて少し迷ってから、
俺の背中に触れた。
「……触っていい?」
小さな声。
俺は、
小さく頷いた。
⸻
その瞬間。
背中に触れた手の温度で。
我慢してたものが全部溢れた。
「……っ」
声が、出てしまった。
やまとが、すぐに抱き寄せる。
「本当にごめん。」
「……気づけなかった」
俺は、やまとの服を掴んで、
泣いた。
声を出して。
子どもみたいに。
「やまとがめちゃくちゃ忙しいの、分かってる」
泣きながら言った。
「邪魔したくないのも、本当…なの……」
「でも、…っ…」
言葉が、詰まる。
「今日は、やまととちょっと一緒にいたかった…っ…」
やまとは何も言わずに
強く抱きしめた。
「…そういうの」
低い声。
「ちゃんと言ってよ。」
「今じゃないとだめ?、とか言って」
「ほんとにごめんゆうた。」
俺はやまとの胸に顔を埋めて、
首を横に振った。
「…俺も、」
「勝手にひとりで我慢して、」
「勝手に傷ついた。」
「……ちがうそれは俺のせいだよ」
やまとが言う。
「そうやってすれ違う事もある。」
「でもさ、」
俺の髪を撫でながら。
「次は泣く前に、」
「ゆうたが傷ついてしんどくなる前に、教えて」
俺はやまとの胸の中で何度も頷いた。
 ̄ ̄ ̄
ほんの一言。
ほんのタイミング。
それだけで、こんなに苦しくなる日がある。
でも。
ちゃんと話せば。
ちゃんと、
抱きしめてもらえれば。
すれ違いは、
ちゃんと戻れる。
そのことを、思い出した日だった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!