🍵side
朝は、だいたい何も食べずに出かける。
単純にお腹が空かないからだけど
食べる気力も沸かない程、会社に行くのが俺は嫌だ。
死んだ目をして、今日も働く。
奴隷のように、重い足を引きずりながら歩く。
あぁ、早く帰ってセカイを描きたい。
そんなことばかり考えるから、ぼーっとして、仕事が更に進まなくなる。
誰もいない家に帰り、返事の返ってこない言葉を発する。
でもそんなことはどうでも良くて、早々に着替えて部屋に行く。
俺が描いているのは、「セカイ」という名の絵だ。
10年前、当時の俺の親友と語り合ったセカイ。
彼は、「みんなが笑顔でいられる世界」をつくるのが夢だった。
だから俺は、絵としてそのセカイを描いている。
……彼が、いなくなった今も。ずっと。
通常より少し大きめのキャンバスに、緑の筆を走らせる。
セカイの内容はいたって簡単
青い空、白い雲、緑の草木、色とりどりの花。
ずっとずっと、同じような絵を描いている。
…俺の想像する「笑顔でいられる世界」は、こんな簡単なものしかできない。
俺は、彼みたいに、想像力豊かではないから。
完成したセカイに目を通す。
このセカイには、少し洋風な家も描いてみた。
…ここに、彼が住んでいるかもしれないという想像を乗せて。
今回は、結構自信作ができた、と自分で胸を張る。
そして、時計の針が指している時間に気づく。
セカイを描いていると、つい時間を忘れてしまうのだ。
晩ご飯なんて頭になくて、明日仕事に遅れてしまわないようにということしか頭になくて
結局、今日は一食も食べずに終わった。
セカイのことを考える。
俺があそこに行けたら、どれだけ楽になるだろう。
どれだけ、のびのびと生きられるだろう。
出かける場所は会社しかなくて、食べることも笑うこともない現実。
ここにいるより、俺の描いたセカイにいるほうが、よっぽど楽だろうな
…そして、俺の描いたセカイに、彼もいたら。
俺はどれだけ幸せになれるだろう。
俺は、どれだけ報われた気持ちになるだろう。
「みことちゃん」に会いたい。
みことちゃんは、いなくなったりなんてしてない。
きっとどこかで、元気に暮らしてるんだ。
俺の描いたセカイで、元気にしてるんだ。
肌に感じた違和感で目が覚める。
ベッドにいるというより、外の地面で寝ているような感覚だ。
それに、なんか眩しいし
手にも、草を触っている感覚があるし
思い瞼をこすりながら、目を開けると
青い空、白い雲、緑の草木、色とりどりの花。
そして、洋風の小さな家。
目が覚めると俺は、俺の描いたセカイの中にいた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。