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第1話

出会ってしまった
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2026/02/11 12:08 更新
 ――来てしまった。

 スマートフォンの銀行アプリを何度も確認した夜を思い出す。残高は、決して余裕があるとは言えなかった。ネイルサロンの予約履歴、クローゼットに増えていく甘い色のワンピース、可愛い靴、リボン。カードの請求明細を見ては後悔して、試合の現地チケット代を調べてはため息をついて、泣きながらテレビで彼の試合を見ていた。

 どうして私は、いつもこうなのだろう。欲しいものにすぐ手を伸ばして、後から自分を責めて、でもやめられない。

 それでもあの日、画面越しに映った彼の姿を見た瞬間、何かが切れてしまった。

 青いメッシュが揺れて、首から腕にかけての青薔薇が汗で光る。ゴールネットを揺らしたあと、観客席を見上げたあの目。冷たいのに、どこか飢えているような、燃えているような、あの視線。

 ――現地で、見たい。

 サッカーのことは分からない。オフサイドもよく知らない。ただ、彼が走る姿と、笑う瞬間と、勝ち誇る顔が好きなだけだ。

 航空券を検索した指は震えていた。英語もドイツ語もできない。海外旅行だって、まともにしたことがない。一人暮らしのワンルームで、ぬいぐるみに囲まれながら、私は何時間も迷った。

 どうせ、会えるわけがない。
 どうせ、ただのファン。

 それでも、テレビの前で泣いている自分が、あまりにも情けなくて。

 ――一回だけ。
 ――一回でいいから、同じ空気を吸いたい。

 そうして私は、貯金を崩した。

 安いホテルを予約し、翻訳アプリをダウンロードし、何度もパスポートを確認して、空港で泣きそうになりながら飛行機に乗った。

 そして今、試合が終わったスタジアムの裏口近くで、私は立ち尽くしている。

 甘いピンクのコートは、明らかに場違いだった。周囲は背の高い外国人ばかりで、低い身長と丸い体型が余計に目立っている気がする。視線が怖くて、マフラーに顔を埋めた。
でも、帰れなかった。

 選手バスが出てくるという情報をSNSで見たから。

 人の波の向こう、スタッフの動きが慌ただしくなる。

 心臓がうるさい。

 お願い。
 せめて、もう一度。

 ――そのときだった。

 ざわめきの奥から、見慣れた金髪が現れた。

 背が高い。想像よりずっと大きい。画面越しとは比べものにならない存在感。青薔薇のタトゥーが、街灯の下で淡く光っている。

 視界がぼやけた。

 涙が出そうになるのを必死でこらえる。

 彼は、こちらを見ていない。スタッフと何か話している。低くて、通る声。意味は分からないのに、その響きだけで胸が締め付けられる。

 ――好き。

 その言葉しか、浮かばない。

 その瞬間、不意に視線がぶつかった。

 青い瞳。

 正面から、まっすぐ。

 息が止まった。

 私だと、思っていないはずなのに、足がすくむ。

 なのに、目を逸らせなかった。

 数秒。
 いや、もっと長く感じた。

 彼の口元が、わずかに歪む。

 笑った。

 それはテレビで見る勝者の笑みではなく、もっと、意地の悪い。

 彼はスタッフに何かを言い、こちらへ歩いてきた。
 ――嘘。

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