廊下に出た瞬間、
打ち上げ会場の音が、急に遠くなった。
扉一枚。
それだけで、別の世界みたい。
カーペットの上を歩く音が、
やけに大きい。
誰に言うでもなく、
心の中でそう言う。
立ち止まらない。
止まったら、たぶん終わる。
背中が、少しだけ熱い。
視線を感じる気がして、
でも振り返らない。
——振り返ったら。
セイトくんの顔を見たら、
私が培ってきたものだけじゃなくて…
セイトくんが守ってきたものまで、
崩してしまう気がしてた。
エレベーター前。
ボタンを押す指に、
ほんの少し力が入る。
……震えてない。
まだ、前を見れてる。
エレベーターが来る。
開いたドアの中に入って、
磨かれた鏡に自分の顔が映る。
…ちゃんと、笑ってる。
いつもと同じ。
仕事のときの顔。
少しだけ、
他人みたいだと思った。
ドアが閉まりかけた、そのとき。
——足音。
一歩分、近づく気配。
心臓が跳ねる。
でも、足音は止まらなかった。
名前も、呼ばれない。
……それだけなのに。
一瞬、期待してしまった。
……分かってる。
追いかけてきてほしい気持ちと、
追いかけてきてほしくない気持ちが、
同時にあることくらい。
ドアが閉まりきって
エレベーターが動き出す。
小さな揺れ。
その瞬間、膝から力が抜けた。
でも、崩れなかった。
手すりを掴んだから。
——違う。
崩れないんじゃない。
崩れる場所を、選んでるだけ。
その揺れに合わせて、
胸の奥が、少しだけ遅れて追いつく。
今は、まだ。
…ここじゃない
部屋に戻って、
ドアを閉める。
ベッドに腰を下ろしたところで、
やっと、息を吐いた。
スマホが震える。
画面は見ない。
……今は、いい。
そう思って、
画面を伏せたまま、目を閉じた。
涙は、止まってくれなかった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!