第25話

崩れる場所
1,127
2026/02/07 08:06 更新
廊下に出た瞬間、
打ち上げ会場の音が、急に遠くなった。

扉一枚。 

それだけで、別の世界みたい。

カーペットの上を歩く音が、
やけに大きい。
あなた
(……大丈夫)

誰に言うでもなく、
心の中でそう言う。


立ち止まらない。
止まったら、たぶん終わる。


背中が、少しだけ熱い。


視線を感じる気がして、
でも振り返らない。



——振り返ったら。



セイトくんの顔を見たら、
私が培ってきたものだけじゃなくて…

セイトくんが守ってきたものまで、
崩してしまう気がしてた。




エレベーター前。

ボタンを押す指に、
ほんの少し力が入る。


……震えてない。
まだ、前を見れてる。


エレベーターが来る。

開いたドアの中に入って、
磨かれた鏡に自分の顔が映る。

…ちゃんと、笑ってる。

いつもと同じ。
仕事のときの顔。
あなた
(……偉いじゃん。わたし)

少しだけ、
他人みたいだと思った。


ドアが閉まりかけた、そのとき。



——足音。



一歩分、近づく気配。


心臓が跳ねる。

でも、足音は止まらなかった。
名前も、呼ばれない。



……それだけなのに。
一瞬、期待してしまった。


……分かってる。

追いかけてきてほしい気持ちと、
追いかけてきてほしくない気持ちが、
同時にあることくらい。
あなた
(私だって…)

ドアが閉まりきって
エレベーターが動き出す。

小さな揺れ。

その瞬間、膝から力が抜けた。


でも、崩れなかった。


手すりを掴んだから。



——違う。

崩れないんじゃない。
崩れる場所を、選んでるだけ。


その揺れに合わせて、
胸の奥が、少しだけ遅れて追いつく。
あなた
(……あとで)
あなた
(ちゃんと、泣く)

今は、まだ。

…ここじゃない

部屋に戻って、
ドアを閉める。

ベッドに腰を下ろしたところで、
やっと、息を吐いた。

スマホが震える。

画面は見ない。


……今は、いい。
あなた
(一人で、大丈夫)

そう思って、
画面を伏せたまま、目を閉じた。


涙は、止まってくれなかった。

プリ小説オーディオドラマ