20××年
東京区内の病院……
伊ノ里病院に、俺は勤務している。
嗄れた声で御礼を言う目の前の婆ちゃんは、俺の患者。
つい最近まで入院していたが、手術の甲斐あって今日、退院することになったのだ。
婆ちゃんの名前は田々晶子。愛称は田々婆ちゃん。
当の本人は、曲がった腰をさらに曲げ、深々とお辞儀ををしている。
田々婆ちゃんは、最後に「本当に、本当に有難う御座いました」と、涙目で訴え、フラつく足取りで自動ドアを抜ける。
思わず悪態を吐く。
あのババァ、顔がキモいんだよ。
皺くちゃで、歯も黄いれぇし。
向こうから、甲高い声が聞こえる。
耳にキーンとその声にエコーがかかり響く。
これが、同期の春木とのいつものやり取り。
春木は俺の性格が捻じ曲がっているのを知ったせいか、俺の姿を見つけるとからかうようになってしまった。
陽気な春木のちっさい背中を睨む。
けど、本当に患者が来ると連絡が入ったから、俺は自動ドアへと足を運ぶ。
今回の患者は、結構厄介らしい。
横を見ると、若い看護師と小さい女の子…患者だな。
が、何やら無駄話をしている。
患者は褒められてるかと勘違いしてのか、身をもじもじと動かし、頬を少し赤く染めている。
こんなくだらない雑談、いつもなら素通りしてしまう筈が、何故か聞き耳を立ててしまう。
『噂の病棟』
俺でも知ってる。
余りにもシンプルな都市伝説だが………
俺の存在に気づいたらしい看護師が、俺に話しかけてきた。
春木の言った通りの演技声で、返答を返す。
周りからは、「優しい頼りになる先生」っていうイメージで。
息はしづらいけど、こんな高収入の病院は無いから。
思わず変な声を出してしまう。
いや、 今「あまちゃん」って………
は?
いや、あまちゃんってキモいからマジやめて欲しいんだけど………
こんのクソガキ。
変なイメージ定着させやがって。
今度蒸し焼きにして食ってやる。
俺は自動ドアを抜ける。
其処には、救急車と、ストレッチャーに乗せられた、血塗れの青年がいた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!