第6話

4話。沈黙の夕焼け
15
2025/10/27 15:00 更新

 夏の終わりが近づく頃、校舎の影は少しずつ長くなり、夕陽はオレンジ色に染まっていた。

部室に差し込む光も、昼間の白々しさを失い、少しだけ温かみを帯びる。
美桜は譜面を前に、息を整える。


今日はコンクールの前日、最後の通し練習だ。
手が少し震える。胸も高鳴る。

零先輩の顔を思い浮かべるたび胸が締めつけられる
零先輩
「美桜、落ち着いて」
零先輩
「息をしっかり」
零先輩の声がそばで響く。
それだけで、少し心が和らぐ。
でも、今朝から何度も繰り返す練習で、音が乱れ始めていた。
零先輩
「…やっぱ、緊張してる?」
零先輩の目が鋭く美桜を捉える。
美桜
「はい…すみません」
零先輩
「謝らなくていい、誰でも緊張する」
美桜
「でも、先輩は…」
零先輩
「私は…自分が怖いだけ」
その言葉に美桜は胸の奥で何かが弾けるのを感じた

零先輩も同じ人間なんだ。
完璧な存在じゃないんだ。

練習を続ける中で、二人の距離は近づき、息が触れそうな瞬間もあった。
指先が触れることはないのに、互いの音で通じ合う感覚。
心の鼓動が、譜面よりも正確に互いを知っている。


そして、【本番の日】

会場の空気は冷たく、緊張と期待が混ざり合う。
美桜のクラリネットは手が震えていたが、零先輩の視線が向けられた瞬間、少し落ち着いた。

 演奏が始まる。
 音が空気を裂き、光が舞う。
 零先輩のトランペットが導き、美桜のクラリネットが応える。
 
音楽は一つの生命体のように息をしていた。
曲の最後の和音が鳴り終わると、会場はしばし静寂に包まれる。
その後、拍手が大きく巻き起こる。
 
美桜は胸の奥が熱くなるのを感じた。
零先輩の視線も、どこか安堵に満ちていた。
楽屋に戻ると、美桜はふと立ち止まった。


零先輩は少し遠くで譜面を片付けている。


その背中を見た瞬間、胸がいっぱいになった。
 ――伝えなきゃ。




 放課後、屋上へ向かう。
 夏の夕陽が校舎の壁を赤く染める。
 風が吹き抜け、髪を揺らす。
 美桜は震える手で零を呼んだ。
美桜
「先輩…!」
零先輩
「…どうしたの?」
零先輩は振り向く。
その瞳に、いつもの冷静さはなく、少しだけ戸惑いが見える。
美桜
「わ、わたし!」
美桜
「零先輩のことが好きです!」

言葉が空に吸い込まれ、夕陽の色と混ざる。



零先輩の目が一瞬大きく見開かれる。
そのまま、何も言わず後ろを向く。
でも、頬には一筋の涙が流れていた。
言葉では何も返せないけれど、その涙が零の心の揺れを雄弁に語っていた。

零先輩はゆっくりとそのまま歩き出す。
その背中が、夕陽に溶けていく。
零先輩
「……」


美桜
「先輩……?」
声が震える。
美桜は立ち尽くした。


風が髪を揺らし、心の奥が引き裂かれるように痛む
 
涙が頬を伝い、夕陽の光で赤く輝く。


 ――どうして…?

 
その夜、美桜は一人、自室で譜面を抱きしめる。
演奏の余韻も、零先輩の姿も、何もかもが遠くに感じられる。

 胸の奥で、まだ音が鳴り続ける。
 でも、その音に零の声はもう乗らない。
翌日、学校に行っても零先輩は見つからなかった。

部室の椅子は空で、譜面だけが机に残されている。
美桜は胸の中の不安を押し殺しながらも、零先輩の姿を探す。
廊下、階段の踊り場、体育館…どこにもいない。

 心の中で問いかける。


 ――どこに行ったの?
 ――どうして、何も言わずに…


放課後、友達の顔を見ても、心は晴れない。
剛虎たけとら瑞希みずきが励まそうとしても、言葉が届かない。

世界が静かに、少しずつ壊れていく感覚。
夕暮れの街角、見慣れた風景の中で、零先輩の影を探す。


でも、見つけられない。
心の奥にぽっかりと穴が開き、音楽も光も色を失ったように感じる。

美桜は涙を拭いながら、心の奥で小さく呟く。
美桜
「夢だったのかもしれない…」
でも、胸の奥で、確かな熱がまだ消えていない。
 
夏の空は赤く、沈む。
風が涼しくなるころ、音楽室のドアが静かに揺れ、誰もいないはずの部室に、まだ二人の残響が残っていた。

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