彰人に………彰人から、
『もう歌いたくない。』…と
そう言われたのは、つい先日のこと。
その後のライブに向けて二人で頑張ってきた。
……だが、ライブは散々。
そして彰人はバックで倒れた挙句戻してしまった。
幸い、案の定大きな怪我はなく外傷は、
軽い打撲や擦り傷程度で済んだ。
…………ただ、
彰人は軽いうつ病の傾向がある、と診断されたそうだ。
その為、彰人をしばらく家で休ませたい、
しばらく練習は休ませてほしい。と絵名さんに言われた。
…恐らく、吐いたのは
歌うことがストレスになったのだろう、とも。
……っ俺が、無理をさせてしまったから…
無理を、させていなければ…
彰人は……
…だが俺がいなければ、彰人は無理をすることは無かった…
───“こう”ならなかったのではないか………?
それなら、
……だめだ、今日はもう寝よう。
寝る準備をまともにせず倒れるように
ベットに身体を任せたとき、
ヴー…ヴー…
電話がなった。
スマホを手に取り、そこに表示されていたのは
弾かれるように液晶をタップし、電話に出ると
聞こえてきたのは聞き慣れた声。
突然のことすぎて頭痛が……
カーテンをめくりスマホを耳にあてたまま
勢いそのまま覗き込むとこちらに気づいた
彰人がヒラヒラと手を振ってきた。
────────────
今は海、というシーズンではない。むしろ真逆だ。
その時期に一体何故……
そう言いながらな彰人は傍らに泊めてあった
自転車のハンドルを掴んだまま
後ろに乗れと言わんばかりに顔でチョイチョイと後ろをさした。
いつもなら断っていたかもしれないが
今は彰人に会えることが何故かどうしょうもなく、
うれしかった。そして何より…
今の彰人が“海に行きたい”…と。
そう願っているのならば、俺はそれを叶えてやりたかった。
それからは二人で変わりがわりに漕ぎながら海を目指した。
寄り道も色々した。
神山高校の前を通ったり、センター街の近くを通ってみたり
ビビッドストリートを通ってみたり
ビビッドストリートではいつもの公園や、
初めて彰人と出会った場所…色々な思い出の地を巡った。
ビビッドストリートを抜けたとき
そういった彰人は月に照らされて輝いていた。
その後はとにかく人目を避けて走った。
海に向かう途中で最後に行ったのはコンビニだった。
流石に冷えたと二人して缶で手を温めて笑い合った。
月の光を反射して海は輝いていた。
気づけば口からそう漏れていた
そう言いながら彰人は海辺への階段の手前に自転車を止め
そのまま階段を降りていった。
それを追いかけるように俺も階段を降り、
二人して海を眺めた。
自転車を漕いでいるときは感じなかったが、
流石に海は風が強く、寒かった。
冬なのでまだ日は昇っていない空。
シーズンや時間が、時間なので静まり返った砂浜に
響くのは波の音だけだった。
波と潮風の音に負けないよう、少し大きめの声で
そう言えば、彰人は振り返った。
ただ
それだけだった。
静かに。微笑むように。
優しく笑うだけで、彰人は…何も言わなかった。
やがて彰人は俺に背を向け、そのまま
海の方へぼんやりとした面持ちで歩き出した。
それを俺はぼんやりと見つめ目で追っていけば
─────彰人は、海の中に入った。
気づけば駆け出していた。
服が濡れることも何も気にせず
ただ一身に彰人の手を掴むことだけを考えた。
彰人は俺が手を掴むと諦めたように脱力し、
俯いたままこちらに目だけを向けた。
その目に光はなかった。
酷い隈、泣き腫らしたような少し赤くなった目。
…こちらを見る目はまるで獣のような鋭い目…だが
何の気力もない。そんな目だった。
返事はない。ならば…
俺は彰人の手を引き、彰人をこちらに抱き寄せた。
あぁ、やっと顔を上げてくれたな。彰人。
突き刺さるような水の冷たさも、
荒れた波も何も気にならなかった。
──否、俺達には関係なかった。
そんなのは眼中になかった。
俺はただただ…彰人の笑顔が見れて嬉しかった。
とある二人の話。
一人で何もかも抱え込む男と、
その男を愛してやまなかった男の話。
二人はお互いに支え合い、
そして互いが互いに執着があった。
これは、そんな二人の幸せなお話。
───君に咲いた執着よ
僕を飲み込んでくれ─…。
※一部修正しました。2025,04/13












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!