ハンの声が震えていた。
彼とスンミン、アイエンの3人は、フィリックスからの“意味深なメッセージ”を頼りに、ある廃墟ビルにたどり着いていた。
床は砕け、天井は穴だらけ。
それなのに、中にはまるで“整然と並んだ劇場”のような椅子が並んでいた。
そして、そのすべての席に――人形のように動かない“観客”が座っていた。
アイエンが近づき、そっと指先でその“観客”の肩を突いた。
コツ。
硬い。まるで蝋のような感触だった。
スンミンが椅子の列を数えている。
ハンがそっと顔を近づけると、最前列の中央席にだけ、黒く焦げたような跡が残っていた。
そのとき――
> 「さあ、静かに。次の行進が始まります」
どこからともなく、女の声が響いた。
照明も何もないはずの天井から、柔らかな光が降りてくる。
それはまるで舞台のスポットライト。
照らされたのは――
ハンだった。
観客たちがゆっくりと顔を上げた。
動かないはずの蝋人形が、わずかに首を動かす。
音はない。
声もない。
けれど、確かに聞こえた。
> 「導け、滑稽な道化よ」
「声を上げろ、観客のために」
「鼓動を刻め、死の行進のリズムで」
ハンは、呼吸を止めた。
そのとき、自分の胸の奥から響いてきた音――
ドン。ドン。ドンドン。
……まさか、自分の心臓の音が、太鼓の音になっている?
彼の声は、沈黙の観客たちの中で空しく吸い込まれていった。
リノは夢を見ていた。
いや、それは夢ではない。
彼はそれを、“思い出していた”。
――舞台裏の構造図
――衣装部屋の仮面たち
――そして、自分が被っていた“顔のない面(おもて)”
目が覚めると、そこは彼の部屋ではなかった。
真っ白な壁、天井には何もない。時計も窓もない。
ただ一枚の鏡が、正面の壁に貼りついていた。
リノは立ち上がり、鏡に近づく。
そして……息を呑んだ。
自分の顔が、映っていない。
声は出た。だが、どこか遠い。まるで舞台の裏からマイク越しに話しているかのように。
そのとき、鏡の奥でもうひとつの姿が動いた。
それは――バンチャンだった。
けれど、あのバンチャンの目は、あまりに無表情だった。
無機質で、感情の色がどこにもない。
リノが問い返すと、鏡の中のバンチャンが笑った。
その口元だけが、異様に大きく裂けたように動いた。
その言葉と同時に、床から音もなく何かが現れた。
真紅の仮面。口の部分が裂けたように開き、目の部分には涙のような溝。
――“怒り”を象った、役割の仮面。
だがリノが仮面から目をそらした次の瞬間、背後に人の気配を感じた。
振り返る。
そこに立っていたのは――チャンビンだった。
だが、彼の顔にも仮面があった。
“悲しみ”の仮面。
チャンビンの声は、かすかに震えていた。
リノは、理解してしまった。
この“舞台”には仮面をつけた者しか立てない。
そして、立った者は――二度と仮面を外せない。
太鼓の音が近づいてくる。
ドン。ドン。ドンドン。
チャンビンがぽつりと言った。


















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。