稽古が終わったころには、
空はすっかり雨雲に包まれていた。
道場の戸を開けた瞬間、激しい雨音が耳を打つ。
私は傘をさして帰ろうとする
が、剣持先輩は立ち止まったままだった。
傘は一本だけ。
しかも置き傘。当たり前に小さい。
私は先輩に傘を差し出した。
差し出したが、
あっさり押し戻されてしまった。
……………。
気づけば距離が縮まっていた。
所謂相合傘だ。
肩が触れる。
濡れた制服の匂いが混ざる。
小さな傘では防ぎきれず、
横殴りの雨がじわじわと染み込んでくる。
駅までの道は思ったより長い。
無言の時間が続く。
ふと、足元が滑った。
次の瞬間、腕を掴まれる。
先輩の焦ったような声が、雨音に溶ける。
そのまま離れない手を不思議に思い、
私は先輩に問いかけた。
淡々としているのに、
握る力は少しだけ強い。
結局、駅に着く頃には
二人ともびしょ濡れになっていた。
別れ際、そんなことを言われる。
小さく頷いて、彼は改札の向こうへ消えた。
その夜、喉が痛み始めた。
そして翌朝、熱で起き上がれなくなる。
もしかしなくとも、
あの雨のせいだと思う。
でも、後悔は少しもなかった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!