『私は死なない、ね。』
厳密には死ねないの間違いだろうと不完全な自分を咲う。
『はは、最高の皮肉だ』
未だ私の出血する指を舐め続けているホラーさんを強引ではあるが引き離し、束の間のティータイムや井戸端会議で伝え損ねていた本来の要件を後腐れの無いよう心底親切に冷たく言い放った。
「却説、私の役目は伝書鳩。ナイトメアさんから召集だよ」
一言も言葉を発さず俯くホラーさんを尻目に、私は逃げるように部屋を飛び出した私は今に至ると言うわけで。
『...私方向音痴なんだよ......』
宛先も無く漂う鰹の烏帽子みたく、迷ってしまった廊下を歩く
その場合私の毒は私自身なのだろう。何て自虐に耽って。
土地勘の無さ故か、見飽きた道にまた戻って来てしまった。
『何回この壁を見たんだか____っ!』
刹那、私は怒涛の如く激烈な勢いで見飽きた無機質な壁に叩きつけられた。
『あ"ぁ"っ!!』
ぶつりと肉を貫く様な音を耳に留めた時には、私は手足に焼かれる様な熱を感じた
それが正に、何かが骨を貫通した事に因るものだとは知らずに。
『ふ、ぅっ』
痛い、痛い、一体何が起こった
熱の発生場所をじんわりと滲む眼で見れば、漸く私にこんな仕打ちをした犯人が判った。
『十字架だなんて、あなたはとぅってもロマンチシズムだね』
十字架刑とは、十字に交差させた木に手足をくぎなどで打ちつけその木を地中にたてる磔刑の一種。はりつけ状態では、自然と体は下に下がっていき、しかし呼吸するために横隔膜を伸縮させるには、体を上へ持ち上げなければならない。
何度も体を持ち上げて息をするが徐々に手足の力だけで身体を持ち上げることができなくなり、呼吸困難へと陥り、ついには絶命する刑。死因は窒息死なので、絶命までは何時間も、ひどい場合には数日かかることさえあった。
十字架刑が残酷なものだと言われるのはこのため。
くぎの打たれた場所は、手のひらや重ねた足の甲だと思っている人も多いようだが、実際手の場合は手首の骨と骨の間、足については足のかかとの骨にくぎが刺さっていた。手のひらや足の甲だと弱すぎてすぐに肉が割けてしまうから。発見されたくぎの長さは十センチ。私に刺さっている骨も、凡そそのくらい。
はは、と渇いた笑いを浮かべながら、今自身に起こっている事を醒めた頭で整理する。
『確かに、あなたからすれば、私は、迚も安全とは言えない存在だったね』
今回の敗因は喋り過ぎたことなのだろう。
私を危険人物と認識させるに値する情報を、私は与え過ぎてしまった。
『そろそろ、顔を見せてくれても良いんじゃない?』
次は間違えない、そう心に誓って。
「......」
暗闇から顔を出したのは、瞳に紫を宿した骸骨。
覚えた。その顔を
名前を知ることは出来なくとも、顔さえ覚えていれば今回の様な事は避けられる。
それにしても、
『非道い瞳だね____
体のともしびは目であるのに、何て色を灯しているのか。
これなら彼の時私を殺したサンズの目の方が、よっぽど綺麗だった。
『かふっ、』
薄れ往く呼吸、遠退いて行く意識。
失血死、か。
彼は私の死を見届ける心算か、将又嫌がらせか。
痛みに悶える私に、彼は決定打を出しては呉なかった。
〈Murder先輩は俺達Sansの中でもずば抜けたニンゲン嫌いなので呉々も注意して下さいね。〉
残された時間の中、ふと、白黒の彼に言われた事を思い出す。
彼の時もこんな、拷問でもしているかの様に殺されて、
そうか、
『あなたの名前はマーダーだ。』
思い出したよ
安らかな微笑みを浮かべながら、瞠目する彼をみる。
「おい、何故俺の名前を知って___おい!おいっ!!!
最期に見えたのは、未だ温い屍を、必死に揺すり起こそうとする彼の険のある顔だった。
「体のともし火は目である。 目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、 濁っていれば、全身が暗い。」
───マタイによる福音書 6:22-23













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!