第31話

The Strongest
72
2025/10/08 08:28 更新
?????
はァッ、はァッ
 そこは、緑溢れる森林の中だった。
 自然豊かな地形は『地霊の加護』を所有する少年にとって圧倒的に有利な戦場のはずだが、少年は身体中あちこちに打撲痕を負っている。
 それらの傷を治癒魔法で回復しようとしても、その隙に相手はさらに攻勢を強めてくるので、悪戯にマナが消費されるだけだ。三回の経験で、文字通り痛いほどそれを思い知った少年は、姿を消した敵を見つけるために感覚器官を鋭敏に働かせる。
 切れた息を整え、前後左右、どこから攻撃がこようと対処できるように――
?????
――上だよ。
 声が、少年の頭を弾かれたように上へ上げさせる。
 そこに姿を見せたのは、ふわふわと空中を我が領域とする女。空色の双眸が、じっと少年を射貫く。
 上空に居座る少女を自分の土俵へ落とすために、少年は加護の効果で地面を真四角にくり抜き、跳ね上げる。それを少女にぶつける算段だ。
 並の大人でも両手で持ち上げることすら難しい質量だが、少年にはそれを片足でやり、蹴り飛ばすだけの才能と努力が両立した肉体があった。地盤の砲弾を狙いすまして発射しようと――
?????
私が上にいるからって、下を疎かにするのは甘いんじゃないかな。
 この日、何度も彼の鼓膜を打った声だ。敵に塩を送るだけの助言を律儀に魔法の発動前に毎回やってきて、耳を塞ごうとしても全部適切な助言だから聞き逃せない、憎たらしい声。
 少年が条件反射で腕を胸の前で交差させると、完全に術者の支配下に置かれていたはずの土の塊が暴れ出し、少年に襲いかかる。
 それだけでなく体積すら爆発的に増大させた土の立方体は、少年――ガーフィールの防御を嘲笑うかのように意識ごと彼の体躯を呑み込んでいった。

 ――為す術もなく、呑み込まれていった。
 『聖域』という箱庭を出て、ガーフィールは外にはまだ見ぬ強者が星の数ほどいるのを知った。
 燃えた旧ロズワール邸での戦い――『腸狩り』との決戦も、ギリギリだった。
 『聖域の盾』として日々の鍛練を惜しまなかったガーフィールの実力はイカれた殺人鬼と同程度。突き付けられた高い壁は、最強を目指すガーフィールにとって憤懣やる方ないものだった。
 そして何より、今ガーフィールの足場をグラつかせている存在は――
クラリル・フェル・ラルダイト
さっきのは惜しかったね。この短期間で凄い成長じゃないかな。
 後ろから声をかけられ、思考が中断される。振り向き、その姿を目に触れさせた。
 優雅さを押し出し、肌の露出を少なくしつつも動きやすさを兼ね備えた、白いドレスをきちんと着こなす少女。ガーフィールと彼女が初めて会ったとき、彼女は騎士服を着ていたが、私服となればその時とはまた違った印象を受ける。
 白い服と彼女の白金の髪を一緒に映せば、ただの白ですら光り輝くような知覚を得てしまうのだから不思議だ。
 彼女の名はクラリル・フェル・ラルダイト。自他共に認めるエミリア陣営最強の騎士にして、大昔に世界を救った『魔帝』の後継者である。

 『聖域』の一件の後始末も片付いて、ようやく腰を落ち着かせられるようになった頃、ガーフィールはクラリルに修行をつけてもらうように頼み込んだ。
 ガーフィール一人の修行でもスバルたちには勝てなかった。ならば、これからは一人だけではできないような体験や修行を積むことで、より高みへ至れるはずと考えたのだ。
 幸い、クラリルはこれを二つ返事で了承。代わりに修行の時間を使ってクラリルが行う予定だった書類仕事の分がオットーに回っていったのだが、そこはご愛嬌。
 そういう経緯で、ガーフィールとクラリルの実戦形式の打ち込み稽古が始まったのだが。
クラリル・フェル・ラルダイト
でも、今日も私に一発も当たらなかったね。
ガーフィール・ティンゼル
が、がォ······
 痛いところを突かれ、ガーフィールはぐうの音も出なかった。
 彼女との模擬戦が始まってから、ガーフィールは一度もクラリルに拳も蹴りも当てれていない。それもただ当てれないのではなく、進んでいく実感がないのだ。どれだけやっても、彼女の涼しい顔が崩せない。
 気が付けば、もう日は沈みかけている。この時間帯になればクラリルとの稽古は終わりだ。
 だが――
ガーフィール・ティンゼル
······ッかいだ。
クラリル・フェル・ラルダイト
ガーフィール?
ガーフィール・ティンゼル
もう一回だ! もう一回やらせてッくれ!
 ガーフィールから遠のく背中に、声を絞り出して吠えた。
 地面に手をつき、満身創痍のガーフィールがこれ以上やっても、今までの数十回と結果は変わらないだろう。
 それでも、それでもだ。ガーフィールはこんなところで終われない。まだまだ、もっと強く、一刻も早く強くならなくてはならないのだから。
 そんなガーフィールの懇願から何を感じ取ったのか、クラリルはくるりと振り返り、しゃがみ込んで、ガーフィールと目線を同じくする。
 口を開いたクラリルが何を言うのかと、ガーフィールは思わず息を呑んだ。
クラリル・フェル・ラルダイト
ガーフィールは、どうして強くなりたい······いや、それはちょっと違うか。
 首を振って自らの言葉を即座に否定して、クラリルは思案げに目を伏せたあと、相応しい表現を見つけたという風に指を鳴らす。
クラリル・フェル・ラルダイト
ガーフィールは、どうしてそんなに急いでるの?
 急いでいる。急いでいるだと? 急いでいると言ったのか?
 急いでなんて――いる。ガーフィールは急いでいる。クラリルの言ったことは的確で、的を射ていた。認めて、ガーフィールは子どものようにゆっくりと、小さく頷く。
 ガーフィールは、最強を追い求めている。

 ――『最強』、その響きはガーフィールにとって特別な意味を持っている。

 男として生まれた以上、誰もが一度は最強を夢見る。誰もが夢に見ながら、長い人生の途上で忘れ、手放してしまう憧れ。それを、ガーフィールは忘れたことがない。
 その称号こそが、臆病なガーフィールが大切なものを守り抜くために絶対に必要な条件だと、そう思い描き、追い求めてきたのだ。
 だが、近頃、より一層、その最強に対する関心が強くなった原因はそれらとは関係がなくて――
ガーフィール・ティンゼル
――『剣聖』。
クラリル・フェル・ラルダイト
――――
ガーフィール・ティンゼル
『剣聖』を見て、俺ァこのままじゃ駄目だと思ったんだよォ。
 愚かにも、よりにもよって『剣聖』を深く愛している人間に向けて、ガーフィールは胸中に秘めていた心情を吐露したのだった。
 ガーフィールが初めてクラリルと相対したとき、彼女の気配に怯まなかった。
 ルグニカ王国だけに留まらず、四大国最強の呼び声高い今代の『魔帝』。
 その噂は耳にしていたし、数手とはいえ彼女と激突した経験はガーフィールにとって何にも代え難い貴重な時間だた。
 『魔帝』を前にして怯まなかったのも、自らの強さを誇れる点だと信じていたのだ。

 ――故に、その邂逅はガーフィールにとって絶望だった。

 スバルの騎士叙勲を盛大に祝うための式典に出席したガーフィールは、そこで初めて、クラリルに招待されていた『剣聖』を一目見る機会を得た。
 王国が誇る双璧、ルグニカの両雄と称される『魔帝』と『剣聖』。その一角――クラリル以上に闘争本能に訴えかけてくる赤毛の青年、ラインハルト・ヴァン・アストレア。
 ラインハルトはガーフィールを意識していなかった。歯牙にもかけていなかった。――にも拘らず、ガーフィールは無意識に後ずさってしまったのである。
 わずか十四年の生涯だが、ガーフィールはその大半を自らの鍛練に費やしてきた。全ては武の極みに至り、大切なものをこの手で守り抜く誓いを証明するために。
 その誓いが、本物を前にして足が後ろへ下がった瞬間、全て嘘になったのだ。
 『剣聖』に剣を抜かせる前に、自分の鍛え上げた拳を振りかぶる前に、負けたのだ。

 その瞬間、ガーフィールはもう一つ、自らの勘違いに気付いてしまった。
 ラインハルトと肩を並べるといわれているクラリルの気配は、どうしてこんなに違うのか。
 ラインハルトから感じた濃密な鬼気に比べれば、クラリルの存在などそよ風も同然だ。評価と実際が、あまりにも乖離している。
 きっと、クラリルが魔法使いだからだ。
 ガーフィールが他者の強さを見抜く基準にしているのは、立ち姿の重心や体の動かし方など。それらの評価基準が、ガーフィールとは全く違う方向から強さを磨いてきたクラリルには当てはまらない。魔法を主体としている彼女の真骨頂はそこにはなかったから。
 ガーフィールは『魔帝』に怯まなかったのではない。『魔帝』の真の力が、読み取れなかっただけであったのだ。
ガーフィール・ティンゼル
こんなんッで、本当に大将たちを守れんのか?
 ――守れないなら、ガーフィールの存在意義とはなんなのだろうか。
クラリル・フェル・ラルダイト
――ガーフィール。
 俯くガーフィールに、上から声がかけられる。肩に手が置かれ、優しい顔が正面からガーフィールを見据えた。
クラリル・フェル・ラルダイト
ガーフィールは強いよ。私が保証する。
ガーフィール・ティンゼル
――――
クラリル・フェル・ラルダイト
きっと、これからガーフィールは色んな経験をしていくと思う。壁にぶつかることだってある。そんな時は、とにかく誰かに相談してみたらいいんじゃないかな?
ガーフィール・ティンゼル
んな、当たり前のこと――
クラリル・フェル・ラルダイト
でも、私が気付かないとガーフィールはこんなこと話さなかったでしょ?
 愕然と、その通りだということに気付いて、ガーフィールは後ずさる。
 青く、若い少年に、魔帝は沈む太陽を見ながら道を示す。
クラリル・フェル・ラルダイト
多分、ガーフィールはまだ頼ることに慣れてないんだろうね。
 日は沈み、辺りは闇に溶けて、ゆっくりゆっくり冷えていく。
 それでも、語られる彼女の言葉だけは温かく、ガーフィールの胸に優しく染み込んでいくのである。
 それは魔法だった。マナを使わない、魔帝の不思議な魔法だった。
クラリル・フェル・ラルダイト
それに、最強一人だけじゃ、守りたいものも守れないからね。
ガーフィール・ティンゼル
最強だけじゃ? どォいうことだ?
クラリル・フェル・ラルダイト
一人は寂しいってこと。武力だけじゃなく、誰もがそれぞれの強さで何かから大切なものを守ってる。案外、そういうところに私たちみたいな人間が強くなる手掛かりがあったりしてね。
 その言葉に、ガーフィールは気付かされる。
 ガーフィールが拳で守るなら、クラリルは魔法で、スバルは意地で何かの『盾』となる。では、守護者が守るべき人々に胸を借りるのは間違いなのか。

 ――それでナツキ・スバルに敗北したことを忘れたのか、ガーフィール・ティンゼル。
クラリル・フェル・ラルダイト
それでも、ガーフィールは強いよ。最強は譲らないけど。
ガーフィール・ティンゼル
······そこは、最強になれるって励ます場面じゃねェのかよォ。
クラリル・フェル・ラルダイト
最強は私かライのどっちかって、世界が始まったときから決まってるからね。
 強さにおいて絶対の自信を持つクラリルの断言を聞いて、ガーフィールは立ち上がった。
 今も、肩の荷が全て降りたわけではないけれど。
 ガーフィールの強さへの捉え方、最強への意識――それだけは少し変わった気がする。
 クラリルが三歩だけガーフィールから離れて、魔法陣を展開。マナが鼓動を始める。
クラリル・フェル・ラルダイト
じゃあ、最後に一回だけやろうか。もし王選が終わるまでに私に一撃でも入れられたなら、その次だけは本気を出してあげるよ。
 完全に舐められている。最強存在の煽りに、今の自分は不思議と悔しいよりも、反骨心が勝った。
 あの最強に吠え面をかかせてやりたいという野望に、ガーフィールの体が火で炙られるように熱くなる。両の拳を合わせ、大きく笑って牙を見せた。
ガーフィール・ティンゼル
いくぜ、最強。――いィや、師匠ッ!!
クラリル・フェル・ラルダイト
······師匠?
 これまでにない呼ばれ方をしたクラリルの困惑が解けるのを待たずに、ガーフィールは拳を振り上げる。

 ――大自然を巻き込む若虎の奮闘を、黄金に輝く月が優しく見守っていた。
以上を持ちまして、外伝三作品が完結いたしました!
どれも本編に深く関わってくるのでこのタイミングでやっておかなくてはならなかったもの。『マイ・フェア・バッドレディ』は必要あったのか自分でもわかりませんが、ナツミちゃんで遊べたのでヨシ!
こうした外伝から、少しずつ原作改変は始まっています。原作より平和になるか、その平和のために別の人間が犠牲になるか、ちょっとずつ変わっていく世界を楽しむのが二次創作の醍醐味だと思いますので、僕が『Re:ゼロから始める異世界生活』という料理にどんなスパイスを加えていくのか、ワクワクしながらキャラクターの冒険に付き合ってくださると幸いです。

一週間後、2025年10月15日から、『Re:ゼロから救ける異世界生活』の更新を再開します。
『永久に続く誓い』で様々な過去が明かされましたが、当然物語は終わらない。むしろ加速してほしいというのが作者の望み。
原作九章のテーマが『疾風怒濤!』とのことですので、負けじとこちらは『全員集合!』をコンセプトにやっていきます! 『疾風怒濤!』と比べてあまりに弱い。
『英雄還相』編は、10月15日からスタートです。

さて、前回もやった通り、今回も次に外伝を出す順番は皆さんの投票によって決めさせていただきます。どうせ全部やるけど、ちょっとでも早く見たい! ってやつに投票していただければ感謝です!

アンケート

次の外伝、早く見たいのは?
カララギガール&キャッツアイ+バフォメット
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紅蓮の残影
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以降、ネタバレが抑えきれなかった作者が書いてしまった、今後死亡すると決めているキャラ






















スバルは死ぬ!

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