inm side.
ガチャリ、と重い音がして、目の前で玄関のドアが閉まった。
冷たい外気が頬を掠め、嘘のように静かな空気が残される。
一人になった廊下に突っ立ったまま、俺は自分のポケットに手を突っ込み、小さく息を吐き出した。
……終わったんだな。
頭では分かっているのに、どこか現実感がなくて、ただ胸のあたりにぽっかりと大きな穴が空いたような気がした。
あの日を思い出すーーー
母さんがほとんど会った記憶もない、親戚の女の子の未成年後見人になったと聞いた。
興味本位で聞いた、同い年のあなたの家庭環境を知って、自分とのあまりの境遇の差に酷く驚いたのを今でも覚えてる。
けれど、母さんに見せて貰った一枚の写真に映っていたあなたは、この世の全てに絶望していてもおかしくない状況なのに、ひまわり畑の中で太陽のように眩しく笑っていた。
ーーー会ってみたくなった。
絶望の中で彼女はどう生きて来たんだろう。
どうしてそんな顔で笑っていられるのだろう。
そんな無神経な思いで彼女の元へ向かった。
けれど、実際に触れた彼女は写真の通りなんかじゃなくて、傷だらけで、でも愛おしくて、気づけば俺のほうがどうしようもなく惹かれていったんだ。
それなのにーーーー
心のどこかで、何となくそんな気がしていた。
あのソファで隣り合ったとき、いや、もっと前から、彼女の視線が自分以外の何かを向いていることには薄々気付いていたんだと思う。
ただそれを認めたくなくて、見ないふりをして、必死に笑ってごまかし続けていただけだった。
ーー『お試しで良いって言ったのは俺だよ?』
あんな風に笑って、強がってみせたけどさ。
本当は、泣きたいくらい苦しかったのは俺のほうだったかもしれない。
引き止めたってよかったんだ。
もう少しだけそばにいてくれって、ワガママを言えばよかったのかもしれない。
だけど、あの時震えながら謝るあなたの顔を見たら、そんなことできなかった。
俺を嫌いになって離れていくわけじゃないって分かってしまったから、なおさら引き止められなかったんだ。
最後に伝えた言葉を、何度も何度も頭の中で反芻する。
――「一緒にいれた事、俺の中で大切な宝物だよ」
――「あなたが幸せになれる事を一番に願ってるよ」
嘘偽りのない、俺の本心だった。
彼女への愛を、感謝を、全部伝えられる事は出来ただろうか。
いつだって俺の隣で笑ってくれたあなたとの日々に、後悔なんて一つもない。
だからこそ、彼女が別の誰かのことで心を痛めて、自分の幸せを犠牲にするようなことになってほしくなかった。
俺の手を離れていくのは悔しいし、やっぱりめちゃくちゃ寂しいけれど――。
それでも、最後くらいはかっこいい男でいたかったんだよ、あなた。
外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら、俺はマンションのエントランスへと歩き出す。
見上げた夜空には、ぽつんと寂しげな星が光っていた。
どうか彼女が、これからは迷わずに、心から笑える日々を過ごせますように。
小さく呟きながら、俺は自分の足で、新しい明日へと歩き出すのだった。
【伊波編・完】













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!