前の話
一覧へ
次の話

第19話

18
93
2026/02/16 13:28 更新






朝。



いつも通りの教室。

いつも通りの光。

いつも通りの笑い声。



世界は、きれいに整っている。


欠けた部分なんて、どこにもない。

帳尻は完璧に合っている。





……はずだった。





あっきいは窓の外を見ていた。


理由はない。
ただ、胸が少しだけ落ち着かない。



「今日さ、変な夢見たんだよね」



ぷりっつが振り向く。



「どんな?」

「誰かと話してた。でも顔が見えなくてさ」



言葉にした瞬間、
空気がわずかに揺れた。


ぷりっつの手が止まる。



「……俺も」



一拍。



「同じかもしれない」



説明はできない。

証拠もない。


けれど。


確かに“誰か”がいた。


思い出せないのに、
確かだった。




黒板の前。


先生が何かを書こうとして、
チョークを落とす。


カツン、と乾いた音。


拾い上げる。



そのとき、
ふと呟く。



「……不思議だな」



誰に向けたわけでもない。



「今日、やけに教室が広く感じる」



生徒たちは笑う。



「いつも通りですよ」



そう。
いつも通り。


でも。


ほんの数秒、
教室の空気が“待った”。


誰かを。


来ないと分かっているのに。





放課後。


クラス写真が配られる。


あっきいはじっと見つめる。


やっぱり、
最前列と二列目の間に
妙な余白がある。


今まで気づかなかったのに、
今日ははっきり見える。



「ここ」



あっきいが指でなぞる。



「なんか、あった気がする」



ぷりっつは笑わない。

否定もしない。

ただ、ゆっくり頷く。



「……うん」



二人の間に、
言葉にならない合意が生まれる。


思い出せない。


名前も知らない。


でも。


確かに、いた。


それだけは、
なぜか分かる。





その瞬間。


どこでもない場所で、
小さな光が揺れた。


それは形を持たない。


声もない。


記録もない。


でも。


二人の“確信”に触れたとき、
わずかに強く瞬いた。



忘れられても。


世界から削除されても。


完全に無かったことには、
ならなかった。


なぜなら。


誰かの心に、
理由のない温度として残ったから。


それは名前より強い。


役割より深い。


記憶よりも、静かな存在証明。





あっきいが空を見上げる。



「ねえ」

「なに?」

「もしさ、誰かが消えちゃっても」



一瞬、言葉を探す。



「心のどっかに残ってたら、それって……」



ぷりっつは、やさしく笑う。



「消えてないってことやない?」



風が吹く。



窓がきらりと光る。



教室のどこかで、
見えない何かが
そっと頷いた気がした。








僕の名前は、もう呼ばれない。


でも。


誰かが理由もなく
少しだけ優しくなれたなら。


誰かが理由もなく
少しだけ寂しさを覚えたなら。


そこに、僕はいる。


世界は、僕を忘れた。


でも。


心は、忘れきれなかった。



それで、十分だ。



光は小さい。



名前もない。



けれど確かに。



ここに、在った。








𝒇𝒊𝒏𝒊𝒔𝒉 ━━━





プリ小説オーディオドラマ