第4話

オレンジの味。
637
2026/01/13 12:50 更新















  そこからはバスに乗り、私は父の骨壺、祖母は母の骨壺を抱え昨日の葬儀場まで戻った。

  外の空気は湿っていつつも何処かカラッとしていて気持ちが良かった。





祖母
本日は故人である--と--の葬儀に御参列して頂き、誠に有難うございました。







  祖母の声は昨日よりも遥かに弱々しくなっていた。

  祖母ももう歳だし、

  老いた体に2日間の法事と喪主、...そして、

  自らの子供を失った事により負った心の傷も癒ていないだろうに、こんな大役も背負って疲れただろう。



  葬儀が終わった後の御食事会は無理そうだと判断した私は葬儀が終わった直後に祖母に話しかけ、

  「タクシー呼ぶから先帰ってて?」と祖母を帰宅させた。





祖母
あなたの下の名前ちゃんは?
あなたの下の名前ちゃんを1人にさせるだなんて出来ないよ...





  祖母は私を気遣ったが、

  私は「良いおばあちゃんを持ったなぁ」と思うだけだった。




あなた
良いんだよ、私も早めに帰る予定だしさ。
それに私も一応喪主だし...




  そう言い、頬を人差し指で掻くと祖母は腑抜けた顔をした後笑った。

  良かった、安心してくれた。




祖母
じゃあ早く帰るんだよ。
怪しい人にはついて行かないようにしてね




  足元がふらついている貴方が何を言ってるんだか。



あなた
分かってるよw
おばあちゃんも気をつけて。




  黄色いタクシーは祖母を乗せた後、ゆっくりと走り出した。

  私はその後ろを見て、その黄色い車が見えなくなるまで手を振り続けた。


















  葬儀場から徒歩数分の居酒屋を貸し切って、御食事会と言う名の「飲み会」が始まった。

  喪服姿で厳かな雰囲気を醸し出していた大人達は途端に騒ぎ出し、お酒を煽り、焼き鳥を貪り食い出した。


  さっきまで2人の葬式だったのにも関わらず、なんでこんな大人達は切り替えが早いのだろうか。

  きっと2日間で溜まりに溜まりきったストレスをここで解放しているのだろう。


  ...少し大人になるのが怖くなった。




kid
あなたの下の名前さん何か頼みます?




  甲斐田さんとは葬儀が終わった後、少し立ち話をしてその流れて隣の席に座った。

  正直甲斐田さんと一緒に行動できるのは安心だった。

  祖母以外で唯一話せるのが甲斐田さんだったし、話しやすいのも甲斐田さんだけだったから。




あなた
あーっと、じゃあねぎま食べたいです。
あとオレンジジュースを。



kid
分かりました。
あっ注文いいですかー?





  甲斐田さんの声は綺麗で、店中によく通る声だった。

  多分甲斐田さんが居なければ私はお通しの水だけを飲んで帰っていただろう。

  甲斐田さんの有難みをしみじみ感じる。




あなた
甲斐田さんはお酒頼まないんですか?




  甲斐田さんの手元にはノンアルコールのビールが置かれていた。




kid
あー...僕お酒飲むと手付けられなくなっちゃうんで...
あなたの下の名前さん達に醜態晒したくないんです...




  お酒を飲むと性格が変わるタイプなのか...。

  お通しの水を飲み、私は甲斐田さんの顔をまじまじと見る。



あなた
酔ってる姿も見てみたいですけどね


  ...この人は偉く顔が整っているな。

  鼻筋は通っているし、輪郭もシャープで、何より目が綺麗だ。

  こんな綺麗な顔を持っている人間が酔っている所なんて、私には想像出来なかった。




kid
ガキンチョがそんなこと言うんじゃありませーん

  


  でも、宝石に少しだけヒビが入っても綺麗な様に、

  きっと酔っている所も醜態と呼べる物なんかじゃないのだろう。

あなた
んふふ、そうですか。


  ガヤガヤとうるさい店内で、2人きりの様な感覚に陥った。

  ...甲斐田さんもそうだといいなと、ふと思った。




  と、その時だった。

︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
お〜!あなたの下の名前ちゃん!いたのかぁ〜!



  親族らしき喪服の中年男性がこちらに寄ってきた。
  
  もう随分飲んでいるのだろう。顔全体が朱色に染まり無駄にテカテカしている。

  表情は溶け、だらしない服装だった。



︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
うんうん!お母さんに似てべっぴんさんだなぁ!
こりゃ良い女性になる!



  その手には追加のお酒がなみなみと注がれていた。



  このご時世そんな言葉を言われると身の毛がよだつと言うもので、

  私はその男性にかなり強い警戒心を抱いた。




  制服のスカートをぎゅっと掴み、握り締めた。




kid
あれっ 猛 さんじゃないですかぁ、お久しぶりです!


  私の行動に気づいたのか、甲斐田さんはわざと高い声を作ってその男性に話しかけた。

  私と男性の間を隔てるようにして甲斐田さんの腕が回されたのは甲斐田さんのちょっとした気遣いだろうか。




︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
あぁ甲斐田家の!
いやぁ美人揃って何を話しているのかなと思ったら気になっちゃって!




  わはは、と豪快に笑う男性の顔を軽蔑した目で見る。

  と、甲斐田さんがこちらを向いて『ちょっと たえてね』と口パクで言ってきた。




kid
数年前の父の件についてはお世話になりました。
甲斐田家を代表し、再度感謝を申し上げます



  お酒が回っていない甲斐田さんの口は滑らかにそう言葉を発した。



︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
晴くんはあの方に良く似ているから周りからよく嫌味を言われるだろう?
ま、その顔じゃああの方へのヘイトも集まるに決まっているな!

 


  その言葉に、少しイラッとした。

  祖父の事については良く知らないが、

  少なからず、祖父と甲斐田さんの容姿を見比べて何か物事を発するのは些か失礼な事だと思ったのだ。






あなた
ちょッ何言って




  そう言いかけた私の口元に甲斐田さんの大きい手が被さる。





kid
...父と僕は全くの別人です。
あんまりその様な発言は宜しくないかと

 



  口元さえ笑っていたが、表情は笑っていなかった。

  甲斐田さん今怒ってる。




  私でも分かるような表情の変化だったが、

  男性は「少し怒らせちゃったかな(笑)」と半笑いでそれを流した。





︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
それにしてもあなたの下の名前ちゃんは美人だなぁ〜



  話の矛先がこちらへと切り替わる。

  何処まで自分勝手なのだろう。


  お酒のせいでもあるだろうが、きっと元からこの様な性格なんだろうなと悟る。



  そして、この男性は私の地雷を踏んだ。




︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
どうだ、おじさんの所に来るか?




  身の毛がよだつ程の嫌悪感。



  初めてだった。こんな他人に「気持ち悪い」のみの感情だけが強火で炊かれたのは。


  その目は慈愛とは言い難い、...何か親切心以外の別の目的も絡んだ感情を含んでいる様な気がした。





︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
おじさんなぁ、結構稼いでるんだよ。
だから何一つ不自由無く生活出来るぞ

  その代わり、...。





  その目線が私の顔から下にズラされる。


  気持ちが悪い。さっさと失せて欲しい。そして、二度と私の前に現れないで欲しい。





  どっか行ってよ。





  そう言いかけた時だった。



kid
...申し訳御座いません。
もう既にこの子...あなたの下の名前はこちらの家の養子になると先程決定致しましたので!

  ...え?




  私と男性の口から同じ言葉が出た。





︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎
そ、そうだったのか!これは失礼した!
では自分はお暇して...


  足早にそう立ち去る男性の後を見送った後、私は甲斐田さんに押しかける。





あなた
さっきなんて??養子って



kid
ごめんなさいあなたの下の名前さん!!!嘘つきました!!!!!!



  私と甲斐田さんの声が重なる。

  それに反応するかの様に飲み物の中の氷がカランっと動いた。




kid
あの人若い女の子が大好きで、
もしもあなたの下の名前さんがあの人の家に行って何かされたら...って思って咄嗟に...





  ...どうやら、あの虚言は私を守る為のものだったらしい。





あなた
あ、そうだったんですね...?
助かりました。ありがとうございます



kid
お節介だったかな...あはは、






  口の乾きを潤す様にお冷を飲む甲斐田さんをずっと見つめていたかった。

  ...これが、嘘じゃなかったらどれ程幸せなのだろう。


  でもきっとそれは傲慢で我儘な事だ。




  「優しいですね、甲斐田さんは」




  甲斐田さんに目を合わせることすら出来ないまま、私はそう呟いてオレンジジュースを1口飲んだ。




  甘さの中にあるほろ苦さが、舌の上で爆ぜたのを感じた。








短編からコピペしてるので結構高頻度更新になってる。楽。
冬休みがもうすぐ終わります。もう今週の水曜からだよ三学期。泣くよ。



プリ小説オーディオドラマ