第11話

二人だけの
149
2024/11/03 13:26 更新
女子生徒
あなたー。藤堂くん呼んでるよー。
あなた
えっ。
珍しい訪問者に、私は顔を上げた。

お昼も食べ終わった昼休み。
午後の授業にはまだ少し時間がある頃合に顔を出した葵ちゃんは、ただでさえ目立つ金色の髪を解いていた。普段のかわいらしいハーフアップも好きだが、下ろしてる姿もいいなぁなんて思いながら私は颯爽と席を立つ。

自ら尋ねてきたというのに、彼はどこか居心地悪そうに視線をチラチラとさせ、私が近くに寄ると少し背を屈めて顔を近づけ、小声でそっと囁いた。
藤堂葵
悪ぃな。
あなた
大丈夫だけど、どうしたの?
珍しいね葵ちゃんがこっちのクラス来るの。
学校という小さなコミュニティーの中では、誰と誰がいい感じだの、仲が悪いだのの噂は一気に加速して広まる。
それは私たちも同じことで、気がつけば同学年の中では誰もが知るところとなってしまっていた。
……まぁ、外野が外野なだけあるな、という感じでもあるか。

高速で要くんの顔が頭の中を過ぎ去っていく。
今、教室にいなくて良かったと心底思う。

小憎たらしい一発芸をかます要くんの姿を消し去るように、葵ちゃんの低い声がすぐ近くから割って入った。
藤堂葵
お前、ゴム持ってる?
あなた
あら嫌だ。ハレンチな。
藤堂葵
ばっ……か! ちげぇよ!
からかえば、顔を赤くして怒る葵ちゃん。
いたずらが成功した子どものようにイヒヒと笑えば、上から睨まれた。そんな顔で凄まれても抑制にもなりはしないというのに。

ふふっと小さく微笑み、後ろ首を掻きながら「ごめんごめん」と軽く謝罪した。
あなた
髪ほどけてるもんね。
切れちゃったの?
廊下に並ぶロッカーの鍵に手を伸ばし、葵ちゃんへ訊ねる。
藤堂葵
さっき体育の時縛り直したんだよ。そん時に。
たぶんもう弱ってたんだな。
あなた
新しいのにしとけばって言ったのに。
すでにゴム紐が切れそうになっていたのを教えたのにも関わらず、「まだいける」の一点張りだった彼を責めれば、その節はどうも……と形ばかりの簡易的なお礼だけ返された。

ダイヤル型の鍵をクルクル回し、カチリと軽い音をたて外す。
以前、葵ちゃんの髪を結ぶ時に持ってきたゴム紐があればこの中だろう。その間にも友人たちに分け与えたりしてしまっていたので、残っているかは定かでないが……。

私はロッカーを開けて中を見回す。
置きっぱなしの教科書やノート。借りたままだったマンガ。後で食べようと思っていたお菓子のアソートの袋。雑多に押し込まれた中から、予備の化粧ポーチを取り出した。
ジッパーを引き、中を確認して声を上げる。
あなた
あぁー……ないねぇ。
藤堂葵
マジかよ。前使ったやつあんだろ。
私と同じことを考えていたのか。
葵ちゃんを振り返り、眉尻を下げて口をとがらせた。
あなた
あげちゃったりしたんだよ。
葵ちゃんも自分で予備のゴム持ってきなよー。
藤堂葵
まさかこのタイミングで切れると思わねぇだろ。
あなた
そのための予備だろ。
口調を真似てツッコミ、お返しにお菓子の袋をバリバリと開けて、中から一つチョコレート菓子を取り出して葵ちゃんに投げて寄こした。
宙に舞うお菓子を片手で上手くキャッチして、「サンキュ」と一口で頬張る。大きなお口だこと。

私も一つ口に放り込んで「でもさ」と続ける。
あなた
そのままの葵ちゃんも綺麗で、私は好き。
グギュッと喉の詰まる音がして、葵ちゃんが噎せた。
ゲホゲホと大きな咳を繰り返し拳で私の肩を押す。
藤堂葵
お前っ、何言ってんだ。
涙目の葵ちゃんに、はにかんだ微笑みを向ける。
あなた
ホントだもん。
教室に来てくれた時も、そう思った。
藤堂葵
綺麗はおかしいだろ!
あなた
そう? でも綺麗だと私は思うよ。
キラキラしてて、すぐに葵ちゃんだって分かって便利だしね。
あはは、と笑って葵ちゃんの長い髪に指を通す。さらりと手の中で流れる髪の束がくすぐったい。

髪を触らせたまま何も言わず、彼は時間が止まったようにその場に固まった状態で私を見つめている。慌てて反抗してこないな、と不思議に思って首を傾げた時、後ろからテンションの高い声が私達を呼んだ。
要圭
あ! あなたちゃーん! 葵ちゃーん!
あなた
……やっば。
うるさいのが来てしまった……。
私は葵ちゃんから手を離して要くんを振り返る。

大きく手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる要くんに私も小さく手を振り返す。清峰くんも一緒かと思ったら珍しく一人のようだった。
葵ちゃんも同じことを思ったようで、「よう」と短い挨拶を返してから訊ねる。
藤堂葵
清峰は?
要圭
ノンノン。今その名前は禁句だぜ……。
あなた
何かやったの?
要圭
なんで俺がやった前提?
藤堂葵
お前しか何かやらねぇだろ。
要圭
グッサー!!
はい、俺の柔らかな胸にゲイボルグ刺さりましたぁー。瀕死でーす。
慰謝料とか払ってもらわなくっちゃねぇお兄さん。
あなた
その前に、お昼に貸した500円返してよね。
藤堂葵
お前あなたに金借りてんのかよ!
要圭
ちょっとあなたちゃん……!
葵ちゃんがいる前でそんなことっ……!
猥談でも始めた者を見るような目で私を見つめる要くんにため息をつき、私はひらりと手を振った。
あなた
いいよ、後で。
そうだ、ダメ元で聞くけど要くんゴムとか持ってないよね?
要圭
え、やだ。あなたちゃんったらハレンチ。
いくら葵ちゃんが相手でもお父さんそんなの許しませんよ!
藤堂葵
でけぇ声で言うな!
あなた
誰がお父さんだ。
髪を縛る方のゴムだと言えば、一瞬キョトンとした顔で私を見た。
そのあと直ぐに葵ちゃんの髪を見て納得したのか、ポンと手を叩いたけど首を横に振って否定を示す。まぁそれはそうか、持っているとは思わなかったので仕方ない。

要くんはしばらく葵ちゃんを見ていたが、私に向いて彼を指さした。
要圭
だからさっき触ってたの?
見られていたのか。

思ってもいなかった角度からのボディブローに私はウッと声を詰まらせた。気恥しさに頬を赤らめ、思わず葵ちゃんを見上げる。
見られた彼も同じように私を見つめ返し、ほんのりと顔を赤らめていた。

私たちの姿を見ていた要くんは、いたずら心に火がついたようで、ニヤニヤしながら指先でツンと私の腕をつつく。
要圭
学校なのにアツアツなんだからっ!
あなた
そんなんじゃないって!
要圭
まあまあ、葵ちゃんも嬉しそうですし。
藤堂葵
あとでシバく。
清峰葉流火
圭、球取れ。
唐突に出現した清峰くんに、三人してギョッとした。
一番驚いていたのは要くんで、清峰くんの姿を見るやいなや何事かを叫びながら一目散に走って逃げていった。その後を追いかける清峰くん。一人だったのはこれのせいか。
合点がいって私は思わず笑った。

嵐の如き賑やかしが去り、私たちはどちらからともなく顔を見合わせる。
少しばかり気まずそうに葵ちゃんが視線を逸らして
藤堂葵
あいつ、いつもああなのか?
あなた
葵ちゃんもよくご存知だと思ったけど?
藤堂葵
……確かにな。
苦笑し、葵ちゃんは長い髪を手ぐしで掻き上げた。
男性的な仕草に、おもわずドキリとする。学校では見たことのない姿になぜか戸惑ってしまう。見てはいけないものを見てしまったような、背徳感に似たものが湧き上がってくる感じだ。
ぱらりと零れる髪の間から覗く首筋や、形のいい耳を眺めていると、はたと葵ちゃんの目が私を捉えた。

二人の時にしか見たことがない葵ちゃんの姿に嬉しさもあったが、胸の奥がザワつく。
誰にも見て欲しくないと思った。
この葵ちゃんは、私のものなのに。
そう思うと、どうにもこうにも言葉にできない思いが渦巻いていく。

難しい顔をしてしまっていたのか、葵ちゃんが可笑しそうに笑う。
藤堂葵
なんて顔してんだよ。
人の気持ちも知らず笑う葵ちゃんに、私はムッとしながらも手を握った。
不意に掴まれた手に、葵ちゃんも笑うのをやめて周囲を気にするように辺りを見渡しながら焦っていたが、手を振り払ったりはしない。
藤堂葵
……どうしたんだよ。見られるぞ。
あなた
いいよ、見られても。
藤堂葵
……マジでどうした。
あなた
……アツアツなんだもん。
藤堂葵
はぁ?
何言ってんだと眉を顰める葵ちゃん。
私もそう思うが、それ以外にない。

指先を繋いで一歩葵ちゃんに近づく。
顔が近くなると、彼は背を伸ばして距離を取ろうとする。そんな仕草さえ愛おしい。
親指で葵ちゃんの節ばった硬い指の形をなぞるようにしながら、普段よりも控えめな声で告げる。
あなた
色んな葵ちゃんが見れるの、私だけがいい。
そう伝えた私の手を葵ちゃんが反射的にギュッと握った。
強い力に驚いたけれど、照れて真っ赤になりながらも"嬉しい"と返してくれたようで、私も嬉しい。

困ったような表情を見せていた葵ちゃんだったが、覚悟を決めたように私の頬に自らの頬を寄せて顔を近づけ、耳元で低く囁く。
ぼそりと呟かれた言葉に、私も体がじんわりと熱を持つ。
繋がれた指先が混じり合うような感覚を覚えた。
藤堂葵
今日、あなたの家、行きたい。
そっと離れていく葵ちゃんの目が熱っぽく私を見つめる。

私はゆっくりと頷いて微笑んだ。

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