今日、親がいないから。
なんて都合のいいことは起こるわけなく。
私の家には両親もいるし、もちろん私もいる。
ただ、そこに藤堂葵が追加された。
ソファの上で両膝を抱えて寝転がり、ボーッと何もない空間を見つめる。
葵ちゃんと私は小さい頃からの知り合いで、親も仲がいい。それもあってか、私も葵ちゃんも互いの家に良く行き来をしていた。
少しの期間、時間の交わらない事もあったが、高校生になってからは再びこうして仲良くできているわけだが。
チラリと廊下を見る。
もちろん人影などなく、音も聞こえない。
が、葵ちゃんがお風呂に入っている。
言っておくが断じて覗きの趣味はない。そんなものはどうだっていい。
今、両親が出ていってしまっている。
葵ちゃんがお風呂に入っている間に少し買い出しに行くと言って、父が車を出すからと二人して消えた。
図らずも「今日親いないんだ」の構図になってしまったわけだが、学校以外の密室に葵ちゃんと二人きりというのが久しぶりすぎて落ち着かなくなってしまった。
初めのうちは、葵ちゃんが出てきたら一緒にゲームでもしようかなーなどと思いながら格闘ゲームを漁っていたが、一人でアレコレ過去の葵ちゃんから今の葵ちゃんの軌跡を考えてしまい、今二人きりなんだという事実を突きつけられた気がした。
昔から態度も体格も大きかったが、今の比ではない。
今までだって距離が近づくことはあったし、葵ちゃんと肌が触れ合うこともあった。それは嬉しかったし、楽しかったし、幸せだった。
だがこの状況は……。
思わず飛び出た本音に自分でも驚き、本当にそうだよなともう一人の自分が大きく頷く。
縮こまったまま小さく息を吐いた。
不意にかけられた声に、心臓が痛いほど膨らんだ。
音が聴こえるのではと思うほどバクバクと収縮し、ぎこちない動きで首を葵ちゃんの方へと向ければ、濡れた髪をそのままに上から覗き込む彼と目が合った。
「眠いのか?」なんてトンチンカンな事を言って、辺りを見渡し尋ねる。
これは本当。
色々あって、ウチにも寄り付かなくなった葵ちゃんを両親は心配していたし、もちろん私も。
声をかけようにも、学校では徹底して避けられていたし、野球を辞めた彼から放たれる近づくなオーラで圧倒されていたからだ。
再びこうして一緒に肩を並べられている事が嬉しい。
……今では、同じ屋根の下いるわけで。
堂々巡りで戻ってきた自分の思考をひねり潰したい。
考えていては心臓がもたない。
サッと視線を葵ちゃんから外し、私は寝転んでいた身体を起こしてソファの隅に座り直す。
突然よそよそしくなった態度に、さすがの葵ちゃんも不思議に思ったようで、片眉を押し上げて不満の声をもらす。
ソファの背もたれに腕を置いて上半身を預け、私の顔を覗き込むように身体を伸ばす。
葵ちゃんに顔を見られたくなく、もっといえば顔を見たくなかったので、彼が覗き込んでくる方とは反対へ顔を逸らした。
少しの沈黙。
アホすぎる。
ため息をついて、葵ちゃんを振り返り
話している途中に顎を掴まれ、葵ちゃんを真正面から見据える形になった。
濡れた髪と瞳。
蛍光灯の下でキラリと水滴が光り、いつもよりも眩しく見える。
お湯に浸かったばかりの葵ちゃんの指は熱く、肌も火照っていて仄かに赤く、私と同じ香りがする。シャンプーか、ボディソープか。
くらりとした。
首を傾げた葵ちゃんの唇が動く。
ハハッと愉快気に笑い、背もたれを乗り越えて私の隣にどかりと腰を据える。
逃げる事が出来なくなってしまい、私は視線を泳がせるしかなくなり、葵ちゃんから距離を取るように背を少し反らして顔を背けた。
そうすればするほど、葵ちゃんの機嫌も悪くなる。
追求され、汗がどっと流れる。
口ごもる私に、葵ちゃんのため息が聞こえた。
言って、私から離れていってしまう。
考えるより先に手が伸び、葵ちゃんの手を握る。
指先を掴まえ引っ張ると、再び同じ場所に戻ってきて座り込む。無言のまま私の目を見つめる彼に観念して、私は呟いた。
素っ頓狂な声をあげ、なんで?というように首を小さく倒す。
脳筋め……。
大きく息を吸って、吐く。
震えそうになる声で言葉にしていく。
そこまで言えば、時間差で葵ちゃんも意味が分かってきたのだろう。
見る間に赤くなっていく顔が笑えた。
ソファの上で向かい合うように座り、お互いの膝頭がくっついている箇所が熱い。
握っていた葵ちゃんの指が私の手から抜けて、腕を伝って肩を撫で、首筋に触れた。
ぞわりと背筋が震える。
切ない葵ちゃんの目が私を捕らえ、静かに距離を詰める。耳元に顔を寄せ、首に当たっていた指が優しく耳を掠めていく。
何を、とまでは言わなかったが意図は汲み取れた。
緊張で身体が強ばっていたが、それを解すように葵ちゃんの手が撫でていく。
大きな身体が寄せられ、葵ちゃんの息遣いが間近で聞こえるくらい。壊れ物を扱うようにとは言ったもので、くすぐったいくらいに柔らかく背中を手が滑る。
髪や頬、耳元から肩にまで唇が当てられ、茹でられたタコの如く赤く、クラクラする頭で葵ちゃんにしがみついた。
ふっと、葵ちゃんが息を飲んだのがわかった。
背中を撫でていたと思った手がグッと押され身体が密着し、葵ちゃんの膝の上に少し乗りかかってしまう。
恥ずかしさが急に増し、離れようと腕に力を込めた時、肩の辺りを優しく噛まれた。
驚きに身体を震わせると、濡れた葵ちゃんの声が私を呼ぶ。
近くで車が車庫に入っていく音。
ハッとして私たちは示し合わせたように身体を離す。
顔など見れるはずもなく、妙な雰囲気になってしまった部屋の中で葵ちゃんが弾みをつけて立ち上がり、廊下へ続く扉へ向かう。
ぶっきらぼうにそれだけ言って素早く出ていく。
一人残され、いったいどうしたらと考え散らかしていたが、葵ちゃんがなぜトイレに向かったかが分かると、余計に感情がかき乱された。
とんでもない人を家に招き入れてしまったもんだ。
さっきまでの葵ちゃんの体温を感じながら、私はKOされたボクシング選手のようにソファに倒れ込んだ。
カウントなどせずとも、立ち上がれない事は端から分かっていた。
両手で顔を隠して低く呻く。
ああどうか、両親よこの空気に気が付かないで。
読んでくださりありがとうございます。
今回はお声がけ頂き、交換宣伝なるものをさせて頂いております。
私の小説は恋愛色強めですが、こちらは「葵ちゃんがお兄ちゃん」です。
恋愛関係じゃない葵ちゃんを見てみたい方は、どうぞよしなに。
初めは少しオリジナルだと思いますが、途中から原作沿いになっています。ご興味ある方は是非。
とんでもなく絶妙な話のところへ宣伝してしまいました。
考えろ、場を。
最後までありがとうございます。
また次回、会えたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!