前の話
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放課後の教室は、少しだけ空気がゆるんでいた。
帰る準備をする音と、ばらばらに重なる話し声。
その中で、陽は静かにノートを閉じた。
急ぐ理由はないけど、
人が減ってから動くほうが落ち着く。
「陽、もう帰る?」
前の席の子が振り返る。
「うん」
「今日もバイト?」
「そう」
短いやりとり。
「大変だなー」と軽く言われて、少しだけ笑った。
それ以上は続かない。
いつも通りの距離。
カバンを持って立ち上がる。
教室の出口に向かって歩いて、
ドアの手前で、ふと足が止まった。
そこに、蓮がいた。
友達と話していたみたいだけど、ちょうど会話が切れたのか、
なんとなくこっちを見ている。
目が合う。
一瞬だけ、間ができる。
静かな声で聞かれた。
それだけ返す。
近くにいると、少しだけ落ち着かない。
理由はよくわからないけど、
なんとなく意識してしまう。
さっきと同じことを聞かれる。
同じように答えると、
小さく頷かれた。
それで終わり、のはずなのに、
なぜかその場を離れるタイミングがつかめない。
蓮も、すぐには動かなかった。
教室のざわざわした音が、少し遠く感じる。
少しだけ間をあけて、また聞かれる。
そう言うと、
さっきよりもやわらかい声で返された。
また、少し沈黙が落ちる。
このまま別れる流れなのに、
どちらも動かない。
先に言葉を出して、一歩踏み出す。
そのとき、
名前を呼ばれて、足が止まった。
振り返る。
蓮が少しだけ近づいてきていた。
さっきより、距離が近い。
小さく聞くと、
少しだけ迷うみたいに視線を揺らしてから、
静かな声で、そう言った。
思わず聞き返す。
予想していなかった。
そのまま聞くと、
蓮は少しだけ困ったように笑った。
はっきりしてるようで、してない答え。
でも、軽く流してる感じでもない。
そう言うと、
一度は頷く。
でも、
小さく付け足された。
強く言うわけじゃないのに、
なんとなく断りにくい。
少しだけ迷って、
そう答える。
その瞬間、
ほんの少しだけ、安心したみたいに表情がゆるんだ。
小さく言われる
それに頷いて、今度こそ教室を出る。
廊下に出ると、少し静かだった。
歩きながら、さっきの会話を思い出す。
“連絡くれる?”
たったそれだけなのに、
なぜか、頭に残る。
ポケットの中のスマホが、少しだけ気になった















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!