設定: 黒尾と付き合ってます
あなたside
最近、鉄朗が他の女の子の恋愛相談にのってることは知ってた。その子の好きな人がバレー部にいるらしく、話しやすいからという理由で鉄朗に相談するのはまぁ、分かる。頼りになるもんね、鉄朗って。それに優しいし。意地悪そうに見えて引き際を分かってると言うか、本当に嫌なことはしない。そういうところを知ってるからこそ人望もあるわけだし。……でも、いくらなんでもわたしとの時間を削りすぎじゃないだろうか。
……って思うのは、わたしの心が狭いのかなぁ……
わたしと同じクラスの鉄朗と、その隣のクラスの女の子。あろうことか彼女がいる空間で一緒にお昼ご飯を食べるってどういうこと?鉄朗は事前に謝ってくれたし、やましいことはないよアピールなんだろうけどいい気分はしない。
もちろん、陰でコソコソ二人きりになられるのも嫌だけどさ。
あなた「うん!分かった、じゃあ私友達と食べるね!!」
あなた「大丈夫だよ。寂しくねぇのかって、笑。寂しいけど、寂しくないから!ほら、相談いってらっしゃい!」
あなた「そっかぁ。ん、帰り?いいや、一人で帰るから!うん。またね鉄朗!」
あなた「今日も無理...?そっか....、うん。え、いいってば、笑 じゃあね」
あなた「ん?...また、相談されたんでしょ、?いいよ。いってきなよ」
それで最初のころはわたしだって快く送り出してた。好きな人のことを知りたい気持ちも、できるなら付き合いたい気持ちも、身に覚えがあるから。鉄朗が手伝うことで知らない子とは言え誰かの恋が成就するなら嬉しいことには変わりない。
「まーた来てんのか、あの子」
あなた「夜久ぅ……」
夜久「ははは、すげー顔」
あなた「今自己嫌悪と恋心の理解者としての間で揺れてるの、しょうがないでしょー」
夜久「アイツに言っちゃえばいいのに」
正面に座った夜久は、わたしにとっての恋のキューピッドだった。同じ中学の出身で、家も近所。実はわたしの初恋の相手。まぁ、今となってはお互いになんの気持ちもないからこそこうして普通に話せているし、彼のおかげで鉄朗と付き合えたわけなので、鉄朗と付き合ってる限り頭が上がらない存在だ。
それでもって、今のわたしの良き理解者でもある。鉄朗もそれを知っているからわたしが夜久と話してても今は気にしてないらしい(最初のころは嫉妬心丸出しだったけど、わたしが鉄朗を大好きなことを分かってからはむしろ彼女いるマウントをとりがち)
あなた「ちょこっと言ったけど、困った顔するんだもん。そりゃーあの子とわたしの板挟みみたいで大変だよなぁとも思うわけでして」
夜久「ふーん、めんどくせぇな」
あなた「あ、ひどい!人がよき彼女でいようと頑張ってるって言うのに」
夜久「そうこうしてるうちに『黒尾くんのこと好きになっちゃった!』とか言い出すんじゃねぇの」
あなた「うーん……..、その可能性もなくはないけどさ。そこは鉄朗がちゃんと線引きしてると信じたいよね……。ていうかあの子結構かわいいじゃんね、ショートだし。夜久こそああいう感じの子タイプじゃなかった?」
夜久「んー、彼女がいる相手に恋愛相談とかする子は好きじゃねぇかな~」
ぢゅう、とパックの牛乳を飲みながら呆れた顔をする夜久。夜久でもそんなことを思ったりするのか、と食べかけのお弁当のふたを閉じる。はたからみたらわたしも、恋人がいるのに他の男の子に相談しているように見られるのかなぁ。でも別にお互い触れることはないし.....
逆に鉄朗は励ましのためか知らないけどときどき女の子の頭をぽんぽんしたり、女の子が「聞いてよ!」って抱き着いたりしてるのを見るわけで。
自分でも矛盾した思いを抱えていることを知っていた
けど、生まれて18年しか生きていないわたしには、この感情をどうしていいか分からなかった。
それからあっという間に鉄朗があの子の恋愛相談にのりはじめてから一か月が経った。その間にわたしたちが一緒に過ごしたのはたったの、何回……だったっけ。少なすぎて覚えてないや。寝る前に電話したのだって、トーク画面見なきゃ思い出せないな
あの子と鉄朗が一緒にいる時間が増えるということは、わたしと鉄朗の時間が減るっていうことで、そうなると自然とわたしたちが別れたのでは、なんて噂が流れるわけで。良くも悪くも鉄朗は有名人だから、彼と付き合ったらそういう噂に振り回されることもあるだろうって覚悟はしてた。…….してた、けど。喧嘩もなにもしてないのにそんな噂を流されるのはちょっと納得がいかなくて。
あなた「鉄朗、ちょっといい?」
黒尾「ん?あー、このあとまた相談乗るから手短に頼むわ」
あなた「……また?」
黒尾「また、ってなんだよ。しょーがねぇだろ、俺しか頼れるやついねぇみたいだし」
あなた「……夜久だって、海くんだっているじゃん」
黒尾「アイツら彼女とかいねぇし、俺は多少は女心分かってるつもりですし?」
お前がいるからね、だって
わたしの気持ちなんかガン無視で他の女の子と二人きりでいたりするくせに?それでよく女心を分かってるなんて言えるね。
これまでの嫉妬が、苛立ちに変わった瞬間だった。そんなことを言われて喜ぶと思う?仮に女心が分かってたとして、彼女が嫌がってることをやり続けるのが答え?彼女よりも、他の女の子の相談に乗る方が大事なの?
ふつふつと湧き上がる嫌な感情。わたしが大人だったら飲み込めてたかもしれないけど、背伸びもできない高校生にそんなことができるはずもなかった。
あなた「彼女を放っておいて他の女の子の相談に乗るのが"女心を分かってる"ってことなんだ、へぇ」
嫌な言い方をした自覚はあった。けど同時に、これまで我慢したんだから嫌みの一つくらい言わせてよ、とも。だけどその言葉は思ったよりも深く、鉄朗の逆鱗に触れたらしい。
黒尾「はぁ?」
低く、鋭い声。わたしを見下ろす目が、冷たい。あの子を見るときの方がよっぽど優しい眼をしてる。
怒らせた自覚はあった。けど、あまりにも理不尽じゃないだろうか?だってわたしはずっと我慢してた。他の人に聞かれたくないのか、顔を近付けて話してることも、わたしとの電話は断ってあの子と電話してることも、黒尾君って呼んでたのがいつの間にか鉄朗君って呼ぶようになってることも。全部知ってるんだよ。でも、鉄朗のことだから一度力を貸した以上最後まで、って思ってるんだろうな、って。そういう優しくて責任感が強いところが好きだから、ちょっとくらいは我慢しよう、って。そう思ってたんだよ。
黒尾「お前、そんな優しくねぇヤツだったっけ」
あなた「っ、」
黒尾「つーかお前だって俺と付き合うために夜久に相談してたんじゃねぇの」
あなた「……夜久には彼女いないじゃん」
黒尾「でもアイツのこと好きな子はいたかもしんねぇじゃん」
あなた「彼女っていう存在と、夜久のことを好きな女の子は別だし、そもそもそこじゃないでしょ」
黒尾「同じだろ。お前だって人に手伝ってもらって俺と付き合ってんだから、俺が他の子の相談乗っても文句言えなくね?」
あなた「なに、言ってるの…...、?わたしは夜久に彼女がいたら手伝ってもらったりはしないし、他の男子に触ったり、抱き着いたりしない。...それに、触られたりも、しないよ?」
黒尾「だから?」
あなた「え……」
黒尾「お前、俺の優しいところが好きって言ってくれてたじゃん。でも、他の子に優しくすんのはダメなわけ?」
あなた「っ、そんなこと言ってない!」
黒尾「今お前が言ってるのはそういうことだろ」
あなた「ちがう!そうじゃなくて、わたしは距離の近さを........!」
黒尾「あー分かった分かった気を付けるよ」
話し合いが面倒になったのか、ため息をつきながら頭をガシガシかいて、鉄朗はどこかへ行ってしまった。
話は何一つ終わってないし、解決もしてないのに。
あなた「............」
……わたしが好きになったのは、あんな人だったかな。いつだって周りを見てて、大人びてるかと思えば夜久とくだらない喧嘩をして、バレーをやってるときはめちゃくちゃかっこよくて。わたしだけに優しい人じゃないのは、しってる。でも、わたしにだけ見せる特別な優しさもあったと感じてたのは、違ったのかな。
話し合いらしい話し合いもできず、久しぶりの会話は終わってしまった。目頭が、熱い。
……泣か、ない。泣いたら負けだ、
もはや何と競っているのかもわからないけれど、あんな分からず屋のために泣きたくなかった。だって、泣いたら、なんか、対等じゃないみたいだ。鉄朗はわたしと喧嘩をしたって飄々としてるのに、わたしだけが泣くのは好きの密度が違うみたいで癪だった。
……わたしだけが好きなんだと、思いたくなかっただけかもしれないけど。
浮かんでもない涙を拭うように目元を袖で擦り、自分の教室に戻る。少し時間を置こう。わたしももう少し冷静にならないと。
あなた「来週の約束……、覚えてるよね、」
ぽつり。誰もいない教室で呟く。半年記念だから、どこかお出かけしようって。誘ってくれたのは鉄朗だもん。覚えてる、よね。
なんだかいつもより重い気がするリュックを背負って、一人家に帰った。いつもなら隣に鉄朗がいたのにな、なんて寂しいことを考えながら。
・
あなた「鉄朗!早く早く!」
黒尾「分―かったって。はしゃぎすぎ。転ぶぞ」
あなた「そしたら支えてね!」
約束の日当日。わたしの不安をよそに、鉄朗はちゃんと待ち合わせの場所に来てくれていた。
最近はあまり話せてなかったけど、そんなの全部なかったみたいにいつも通りだ。分かりやすく浮かれるわたしと、しょーがねぇな、って優しい顔で見てくれる鉄朗。わたしたちは大丈夫なんだ、って安心した。こういうときなら、きっと優しい気持ちで「あの子も好きな人と付き合えたらいいね」って言えるし、鉄朗も「だよな。最近ほったらかしでごめんな」くらい言ってくれるんだろう。そうすればみんなが優しい気持ちでいられる。わたしだって鬼じゃないんだから優しい気持ちでいられるならその方が気分だって良い。
だから、こうして鉄朗が、ちゃんとわたしを見ててくれればそれでいいと、思ってた、のに。
黒尾「……悪い、ちょっと電話来た。そこで待ってて」
あなた「? うん」
浮かれてたわたしは電話の相手が誰かなんて考えてなくて、強いて言うならぼんやり部活の人かなって思っただけ。すぐ戻ってくるだろうと、今日のお目当てのお店の壁に寄りかかって鉄朗が戻ってくるのを待った。
あなた「……遅いなぁ。なにかあったのかな」
五分が経っても鉄朗は戻ってこない。何かトラブルかな。
・
そこからさらに五分。
予約した時間がもう少しで来てしまう。どこで電話してるんだろう。メッセージ送ってみようかな。
少し考えて、『大丈夫?』と送った。もう少しで時間だよ、と送りたかったけど、この前の鉄朗の言葉が頭をよぎったから。
『お前、そんな優しくねぇヤツだったっけ』
そんな風に思われたくなかった。偽善であろうとなかろうと、打算的だろうと、人に優しくしようとしてるところが、いいな、っておもいマシタ。って赤くなりながら告白してくれた鉄朗に、「やっぱ優しいな」って思われたかった。だけど、わたしのそんな浅い目論見はすぐに崩れることになる。
黒尾「悪い!遅くなった!」
あなた「ううん、大丈夫だよ。お店はいろ!時間ギリギリだよ」
黒尾「……それ、なんだけど、」
あなた「ん?」
はやく行かなきゃ、と引っ張る腕が、その場から動こうとしない。それから妙に歯切れの悪いセリフ。当然、不思議に思って振り返るわけだけど、その顔を見た瞬間に、感情で、理解してしまった。
黒尾「その、ちょっと今、アイツから電話来て、なんか泣いてて、」
……やっぱり。名前を言わなくても、分かる。優しくするなら多分、「行ってもいいよ」って笑って送り出すのが正解。でも、さ。今日は、わたしとデートしてくれるんじゃなかったの。ずっと前から約束してたわたしより、電話口で泣いてるあの子のところに行く方が、大事?ほんとに泣いてるかどうかも分からないのに?
……こんなこと考えるから、優しくない、って言われちゃうのかな
でも、だって。
子どもっぽい言葉が頭の中を占めていく。
今日鉄朗とでかけるの、楽しみにしてたんだよ。
やっと独り占めできる、って。鉄朗の大きな手はあの子じゃなくてわたしに触れて、わたしは鉄朗に抱き着いて、一日一緒にいれるって。嬉しかったのに。
あなた「……もう、いいよ。行けばいいじゃん」
黒尾「……なんでそんな言い方するんだよ。行きづらいだろ」
あなた「...どんな言い方しても、行くのは決定してるんだね」
黒尾「っ、それは、」
あなた「もう、いい。いいよ、あの子のところ行きなよ」
黒尾「そーかよ。じゃあ行かせてもらうわ」
掴んでいた手を雑に振り払って、鉄朗は行ってしまった。今度こそ、彼はわたしよりもあの子を優先した。きっと今、一番泣きたいのはわたしのはずなのに、ちっぽけなプライドがそれを許してはくれなかった。鼻の奥が痛い。だけどそれよりも、心臓が、痛い。今のわたしは、鉄朗の中で、一番の女の子じゃない。いちばんやさしくしたい相手じゃない。それが、分かってしまった。
あなた「もう……、疲れちゃったな」
あとから後悔するのは分かっていた。でももう、こうすることでしか、わたしは自分の心を守れない。鉄朗がこのメッセージをいつ見るのかなんて分からないけど、それでも、これ以上あの子と自分を比べて惨めになるくらいなら、鉄朗の、わたしに向ける優しさがなくなっていくのを見るくらいなら、全部なくしちゃった方が、きっと。
『別れる』
すぽっ、と間抜けな音と共に、そんなメッセージが表示された。おまけにブロックもしてやろうかと思ったけど、あのメッセージを見た鉄朗がどんな返事をしてくるのかが気になってやめた。
だけど、朝になっても鉄朗からの返事はこないままだった。
あなた「....はぁ、」
次の週の朝になっても、鉄朗から返事はなかった。それどころか既読にもなってない。こうなった以上はわたしから話しかけることもできないし、別れたのかそうじゃないのかも分からない。でももう別れたと思っておく方が自分の心を守るためには都合がいい。当然、はっきりした結果じゃないからもやもやはするけど。
……まぁ、これで少しは、気持ちも楽になったからいいいか
教室の後ろから聞こえる「鉄朗君〜」と妙に甘ったるい声はもう聞き慣れてしまったもので、その声の主に当たり前に駆け寄る足音が誰のものか考える必要もない。そして、「ここじゃアレだからあっち行こ」と返した声が、わたしが送ったメッセージの答えなんだと、分かってしまった。
そっか、そういうことか。わたしのメッセージに返す必要もないくらい、鉄朗は別れたいと思ってたんだね。だから久しぶりのデートなのにあの子を優先して、あの子に特別な優しさを向けて、あの子と堂々と二人きりになるんだね。
あなた「そ、っかぁ……」
急に垂れてきた鼻水を啜って、友達リストの中でもいつも通知が一番上に来るように設定していた人物を一人、ブロックした。
・
鉄朗をブロックして三日が経った。もしかしたら鉄朗の方から「ごめん!」って来てくれるかも、なんて甘くて淡い期待は残念ながら砕け散った。
なんか失恋ってもっと苦しいものだと思ってたけど、案外そうでもないな、と思う。もちろん苦しいし、寂しい。
体育のときに活躍する鉄朗はやっぱりかっこいいし、国語の時間に音読させられた時に聞く声は低くて好きだ。今でも好きな気持ちは残っていて、それをかき消すのに必死だなんて情けない話だけど、鉄朗がずっとあの子を優先していたから、実は緩やかに諦めがついていたのかもしれないな。だから、泣いたり縋ったりしないで済んだのかもしれない。結果オーライというやつか。全然オーライじゃないけど。
机に突っ伏してため息をつくわたしの頭に、突如突き付けられた指先。ずむ、と音がしてつむじ部分がぐりぐり押された。わたしの知る限り、こんなことをしてくるのは一人だけだ。
あなた「やめてよ、夜久ー、」
夜久「んじゃー顔上げろ。カレシ様が心配そうに見てんぞ~」
あなた「……もう、彼氏じゃないもん」
やく「……あ?」
あなた「だから、彼氏じゃないって言ったの。もう、別れた」
夜久「は?黒尾からそんなの聞いてねーけど...」
あなた「……知らないよ。言うほどのことじゃないって思ったんじゃないの」
夜久「いや、でも、」
あなた「いいの、別れたの。鉄朗なんてもう知らない」
夜久「喧嘩しただけだろ?アイツああ見えて意地っ張りだから謝れねぇだけなんじゃねーの?」
あなた「違う、わかれ、た、の、」
もう、何回も言わせないでよ。せっかく自分の中でだけ飲み込もうとしてたのに、こうして口に出したら、なんか、全部崩れちゃうじゃん.....。鉄朗にとってわたしがもう特別じゃないことも、夜久に手伝ってもらって叶った恋が終わったことも、どれもこれもが現実に浮き彫りになる。
声が、喉に引っかかった。
夜久「はぁ!?ちょ、え、泣いて、いま黒尾呼んでくるから仲直りしろ!な!?」
普段はあまり見ない夜久のうろたえように笑ってやろうかと思ったけどうまく声が出せなくて、恐らくはわたしと黒尾を交互に見遣っているであろう彼の制服の裾を引っ張った。視線が伏せた頭に落ちてくるのが分かって、ふるふると頭を振る。呼ばないで、と。これ以上、鉄朗に、マイナスイメージを植え付けたくない。せめて、静かに消えさせてほしかった。
夜久「~~~~~ッなんかよく分かんねぇけど、こっち来い!」
あなた「...っ、」
もう予鈴が鳴ろうとする時間なのに、夜久はわたしの腕を強く引いて教室から引きずり出した。
ぐしゃぐしゃになりかけた顔を上げられなくて俯いてたらばさりと頭にかけられたジャケット。こんな風にかけられたら犯人護送みたくなるじゃん。と思ったけど、久しぶりに向けられた誰かからの優しさが、少しだけ、嬉しかった。まだ、優しくしてもらえる存在なんだ、って夜久が、教えてくれたみたいだった。
夜久「コイツ具合悪いから保健室連れてく!」
ざわつく教室のクラスメイト達にそう言えてしまうのも、夜久のいいところだと思う。遅れてあとを追いかけてくる"誰か"に「お前は今は来るな!」と言えるところも、ね。
現役バレー部の夜久に連れられて別の棟の空き教室に来るころには目元の水滴はすっかり乾いて、代わりにゼェハァと情けなく息を荒げていた。教室についてすぐに姿を消した夜久は近くの自販機で飲み物を買ってきてくれたらしく、イチゴミルクのパックが差し出される。夜久なりに、気遣ってくれているようだ。
あなた「……ありがと、あとでお金払うね」
夜久「いらねーよ。いつか出世払いで頼むわ」
あなた「あはは、なんの出世しようかな」
夜久「さーな。........で、なにがあったんだよ」
軽口のあとにズバッと本題に入られてしまっては、これ以上逃げようがなかった。どう話せばいいんだろうとか、あまり口に出したくないなとか、夜久にとっては鉄朗も友達だから友達を悪く言われてる気分にならないかなとか、とにかくいろんなことを考える。とりあえず今、言えるのは。
あなた「だから、別れたんだってば。それだけ」
そう、これだけ。理由を話す必要はない。わたしたちは、別れた。彼が誰に優しくしようと、二人きりになろうと、もう関係ない。
夜久「それだけじゃねえだろ。少なくとも黒尾は別れたとは思ってねえと思う」
あなた「だから、なに」
夜久「はぁ?」
あなた「別れる、って送ったのに何の返事も、既読もないってことは、……っそ、そういう、ことでしょ........?」
夜久「......」
あなた「.....久しぶりのデートだったのにさ...、途中であの子から電話来て、行ってもいいか、ってきかれて、行かないでなんて言えないじゃん……っ」
夜久「...は?それでアイツ、お前置いて行ったのか?」
あなた「……そうだよっ、だから...だからっ、もう、むりだ、ったの、!」
声を無理に張り上げたせいなのか、現実を口にしてしまったからなのか。明確な理由は分からないけれど、とにかく、途中からは声が震えて、最後はとうとうぼろ、と大粒の涙が床に落ちた。
あなた「ゔ~~~~……っ、やくぅ……っ」
夜久「うお、ちょ、待て、」
ぼたぼたと落ちては床を濡らしていく涙は擦っても擦っても止まってくれなかった。今までずっと我慢してた分が一気に溢れたみたいに。
夜久はどうしていいか分からないみたいで少し慌てた後に教室の隅にあったティッシュとごみ箱を持ってきて背中を向けた。女の子が泣いてたら抱きしめて慰めそうな誰かさんとは大違いだ。夜久のこういう誠実?なところを好きになる子はきっと多いんだろう。
_________でもアイツのこと好きな子はいたかもしんねぇじゃん
確かに、そうだ。バレー部内で身長が低い方とは言え、普通の女の子よりは大きいわけだし、はっきりしているけど強くはない話し方だし。顔だって、かっこいいよりは可愛い寄りだけど整ってる方だと思うし。そりゃあ夜久のことを好きになる子だってたくさんいるはずだ。それならやっぱり、こうして夜久の優しさを利用するような形になるのはずるいことで、わたしも鉄朗に相談するあの子と変わらないんだろうか。
夜久「……なんかめんどくせーこと、考えてるだろ」
あなた「.......」
夜久「あのなぁ、確かに俺は黒尾とは友達だし、大事なチームメイトだ。けど、お前だって俺の友達だろ。遠慮しなくていーから言いたいこと言っちまえよ」
我慢、してたんだろ。
思いのほか、優しい声だった。さすがお兄ちゃんなだけある。ぐるぐると考える中で引っ込みかけた涙が、また、顔をのぞかせた。
あなた「……てつろ、が、あの子ばっかりかまうの、やだった....」
夜久「おう」
あなた「....っでも、やだ、っていったら、あの子のおてつだいできるひといなくなるかなって、おもって......、」
夜久「やさしーな、お前」
あなた「グスッ.....てつ、ろうが、あの子にさわるのも、あの子がてつろうにさわるのも、ぜんぶ、やだったのに、がまんしてたの……っ」
夜久「うん、知ってる」
あなた「でも、っ、!....それやだ、って、いっ、たら、てつろーに、やさしくない...、っていわれて、」
夜久「……あ?」
あなた「ゔ、っく、わたし、....っそんなに、やさしくなかったかなぁ……?すきなひとが、ほかのおんなのこに、さわってほしくない、って、おもうのは、へん...だったの、かなぁ......っ」
擦ると目が痛くなるから、腕で目元を覆うしかなかった。
ずっと、嫌だった。
鉄朗が他の子ばかり気にするのも、触れるのも。ひっ、としゃくりあげて泣くばかりのわたしは、優しくない、女の子。鉄朗が好きだと言ってくれた優しさはきっともう、わたしにはないんだ。だから、独占欲と嫉妬でいっぱいになって、鉄朗の優しさが他の子に向けられるのも許せなくて。
あなた「わたし、が、もっ、とさ、やさしかったら、よかっ、たのに........」
夜久「______なぁ、」
あなた「....っ、な、なに、」
不意にかけられた声は、まるで夜久じゃないみたいだった。どちらかと言えば、あの日の鉄朗のような、低い声。いつものよく通る、男子にしては高めの声じゃない。思わず肩を揺らした。また怒られるのかと思って、喉が詰まる。はぁ、とため息が聞こえて一気に血の気が引いた。
甘え、すぎた。
夜久が優しいからって、それに甘えすぎたんだ。だってこんなの、全部鉄朗が悪いって言ってるようなもので、夜久からしたら友達が悪く言われっぱなしみたいな状況で。
息を吸う気配がして、夜久が話し始めるより先に、ひっくり返った声で謝った。
あなた「...っごめ、ごめん、!てつろうのこと、わるくいって......」
もう、否定されたくない。お前やさしくねーな、って言われたくない。
青ざめるわたしを他所に、振り向いた夜久はゆっくりと近付いてきてぐしゃぐしゃになった顔以上に、わたしの髪を乱暴に乱した。
なにがどうなったのか分からないまま、足元を見つめ続ける。
夜久「...お前、もっと怒っていいんだぞ?」
あなた「え……?」
夜久「我慢しすぎ。黒尾にちゃんと言ったのか?他の奴に触ってんのが嫌だって」
あなた「い、言った……」
夜久「ふーん。じゃ、黒尾がクソだな」
あなた「え、え、?」
夜久「だってお前はちゃんと嫌だって伝えたんだろ?」
あなた「……でも、やな言い方...した.........、」
夜久「だとしても。彼女が嫌がってんのに続けた黒尾が悪い。...違うか?」
あなた「わ、わかんない……」
夜久「んー……、例えばさ、」
あなた「......?」
夜久「俺が今お前を抱きしめたら、黒尾は嫌がるよな?」
あなた「……どう、だろ...」
夜久「嫌がるんだよ、絶対」
ぴしゃり、と言われて口を噤む。前まではそうだったかもしれないけど、今は多分、違う。そう言おうとしたけどそれより先に夜久が言葉を続けた。
夜久「でもさ、そもそも俺が抱きしめようとしても、お前は拒否るだろ?」
あなた「そりゃ、そう、だけど……」
夜久「それってなんで?」
あなた「なん、で、って....。だってまず、つきあってないし、夜久とそういう風になるのが、わかんない...」
夜久「だろ?多分、それが普通。俺からしたら、彼女がいんのに抱き着く女子も、平気で頭を撫でる黒尾も、おかしーわ」
あなた「...っ、」
夜久の力強い声に、涙が止まった。
夜久「別に俺も彼女いたことねーし、分かんねぇけどさ、自分が好きで付き合った子泣かせてまで他の女子を優先するのは違うだろ」
夜久「だからお前は変じゃねーよ」
そうやって夜久が笑うから、ずいぶん久しぶりに安心できた気がした。これまでは毎日不安で、もやもやして、いつの間にかそれがイライラに変わって。どっちがどう、ということもないのだろうけど、少なくともわたしだけが悪かったわけじゃ、ない……?
夜久「もしかしたら、お前の言い方も悪かったかもしれない。...けど、だからってお前に我慢させていい理由にも、泣かせていい理由にもなんねぇだろ」
あなた「や、やくぅ……、なんでかのじょいないの……?」
夜久「あ!?バカにしてんのか!?」
あなた「してないぃぃぃ……、ズッ....うぅ、ありがとぉ〜〜〜……、」
当たり前に夜久がわたしの気持ちを大切にしてくれるから、やっとわたしもわたしの気持ちを大事にできるような気がした。
どーいたしまして、なんて雑に返事を返すのもまた、彼らしい。目尻に残った最後の一粒を拭って、埃っぽいティッシュをごみ箱に投げ入れる。
わたしだけが、悪いんじゃ、なかった……
心が、少しだけ緩んだ。
だけど。
ガラッ
突然現れた存在に、また、ぎゅっと心臓が握りつぶされた気がした。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。