某日某所―
楽しそうな声がそこかしこから聞こえてくる美しい街。そこで過ごす人々は皆いつも通りの平穏な日々を送っている。
ここ東国のとある街の路地裏で、女は額を流れる生暖かい液体を拭いながら手の中にある紙切れを震える手で数えていた。
クシャクシャに寄れたそれはダルク紙幣で、ざっと30ダルクはあるように見える。
贅沢なんて当然できる金額ではないものの、彼女にとっては食料と寝るところが確保出来ればそれでよかった。
額から流れる液体のせいで赤黒く変色してしまったそれを古びた黒のスタンドカラーコートのポケットに押し込み、女は足元が覚束無い様子でフラフラと歩き出した。
_________彼女は凄腕の盗人だった。
彼女は金や名声などに興味はない。ただ生きていくためにものを盗む。
彼女に苦痛と暴力と屈辱を与えた家族に復讐するために、彼女には金が必要だった。
暗い路地裏から陽の当たる道へと出ようとしたその時。
彼女の目に見覚えのある可愛いらしい服が映る。彼女の中の様々な記憶が直ぐにその正体を突き止めた。
薔薇色の頭髪をした少女が家への道だろうか、何やら独り言を呟きながら歩いている。
女はゆっくりとその少女の背後を追いながら、再びレザーグローブを華奢な指に通した。
少女の入っていく集合住宅に女も体を滑り込ませる。少女は彼女に気づく様子もなく、階段を登っていく。
女は後を追いながら太腿にあるナイフホルダーに手をかけた。
決して殺すつもりなどない。彼女は人は殺さない主義なのだ。
彼女が凄腕の盗人とされる理由はここにあった。
彼女は気配を消すことに関しては誰よりも長けている、簡潔に言うと非常に影が薄いのだ。
幼い頃からの家庭環境が影響して、彼女は自分の存在を悟られないように努めてきた。
それが良くも悪くも、盗人という立場で役立ってしまっている。
そっと少女が入っていった部屋のドアに耳を傾けながら鍵を閉められた扉の鍵穴に針金を通す。
人の足音が完全に遠ざかり、別の部屋の扉が閉まる音と共に静かに玄関の扉があいた。女は口の端を上げながらゆっくりと扉から顔を遠ざける。
鍵開けなど朝飯前である彼女は針金を口に咥えて玄関から侵入しようとした。
_______ドッ
鈍い音と共に頭の後ろの方に衝撃が走る。
突然頭の上の方から聞こえてきたその言葉を最後まで聞かぬうちに、女は気を失った。
この日女が_____
あなたのfirst name・あなたのfamily nameが人生で初めて盗人の仕事を失敗した。















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。