今回のみ類サイドです(番外編ではありません)
あなたの下の名前にチケットを渡してから、
僕は今までのどの舞台よりも緊張していた。
あの日からの時間は、
真夏のアイスクリームのように
瞬く間に溶けてしまった。
そして今日が、本番だ。
舞台裏で準備をしていても、
スタッフや仲間と話していても、
台本や器具の最終確認をしていても、
心が落ち着くことはない。
舞台を楽しもうと思う気持ちは、
全て緊張に塗り替えられてしまっている。
司くんが同情をくれても、
鼓動は高鳴っていく一方だ。
ぽん、と肩を優しく叩かれる。
そう答えると、司くんは少し安心したように笑った。
そこで司くんとは一旦別れた。
小道具が置いてある方へ向かうと、
今度は寧々に声を掛けられる。
まるで心臓を掴まれているような気分だ。
苦笑いすると、寧々は溜息をついた。
幼なじみならではの僕達を想う言葉は、
あたたかくて優しかった。
寧々が去っていく。
時間を確認すると、
上演まであと15分といったところだった。
小道具の確認を終えたところで、
今度は明るく弾む声が僕の名前を呼ぶ。
えむくんは僕の袖をクイッと引っ張る。
つられて立ち上がると、今度は腕を引かれた。
連れて行かれたのは舞台袖。
そう言ってえむくんは、
舞台袖の幕をほんの少しだけめくった。
その隙間から見えるのは、
ほぼ満席状態の観客席。
えむくんは、後方の左隅を指差した。
えむくんの指差す先には、
確かにあなたの下の名前が座っていた。
その隣には東雲くんもいる。
えむくんはゆっくりと隙間を閉じると、
僕に向かって微笑んだ。
ちょうどその時。
振り返ると、司くんと寧々が立っている。
司くん、寧々、えむくんの順に目を合わせる。
その後、深呼吸をひとつ。
4人の心がひとつになる音がした。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!