1921年、ワシントンD.C.。
そこで、「アジア太平洋の問題や海軍軍縮について討議する」ためのワシントン講和会議が開かれていた。
そこでは、ほとんどの会議と同様に、「落ち着いた司会者の声」「秘密外交のひそひそ声」「意見を言う騒がしい声」「時には怒声…」
が響くはずだった。
しかし、現実は…
…という呆れ声と突っ込みであふれかえっていた。
その原因はもちろん…
そう、もちろん最前列で「日英同盟の重要性」について話している英日だ。
話している内容に矛盾はない。
重要な同盟についてだ、反論があるのもおかしくない。
おかしいのは二人の距離だ。
その距離、ほとんど0㎝。
前列に座っている部下など、資料を持つ手が小刻みに震えている。
幹部外交官は必死にメモを取っているが、
などうわごとをつぶやいている。
さすがに耐えきれなくなったアメリカは、少し咳払いをして二人を制した。
「これで少しは距離が保てる…」と、みんなが胸をなで下ろした瞬間。
そう言って、イギリスは日本をそばへ抱き寄せた。
日本もそう言って、幸せそうに微笑む。
ある者は陰の席にいたコモンウェルスや植民地たちに目配せしたが、
という感じの優しい(でも諭す)笑顔で首を振られ、何も言えなくなった。
そこからしばらく時間がたち、夕日が暮れてきた頃。
ついに(ようやく)、四カ国条約にサインをする時間になった。
そう言うと、アメリカは「四カ国条約」の用紙とペンを突きつけた。
フレンドリーに、でも少し威圧的に。
二国は少しうつむき加減に何かを考えている。
そして、顔を上げた。
そう言われ、二人は躊躇なく用紙を手に取った。
ホッと安堵の息が周囲から漏れた時。
「ビリッ」
と乾いた音がして、二人の持っていた四カ国条約は粉々の破片にされた。
しばらく会議場を静寂と紙吹雪が包む。
あきれ顔で二人が言う。
間髪入れずにその場にいたほとんど全員が、
と言いたげな顔で頭を抱えた。
さすがのアメリカも二の句が継げない様子。
それでも体勢を立て直してまだ議決をしないようにしようと考えたか、姿勢を正し、
と言いかけた声は、
突如部屋が真っ暗になったことによってかき消された。
中だけでなく、外もすでに真っ暗になっていた夜。
しかも1921年。
あっという間に部屋の中は完全な闇に包まれた。
その場にいた人物はパニックになり、叫び声をあげたり懐中電灯を探したりする。
そうしてしばらくの間大騒ぎしてやっと電気が復旧したあと、
英日&その関係者たちの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
逃げたことに気がついた周囲の人々は、英日たちを追うために出口に向かって駆けだしていった。
会議場の廊下。
ナイフスイッチ前の分かれ道にぶつかると、なぜかそこには台湾がいた。
なぜかその前をうろうろしており、少し怪しい様子だ。
台湾はそう言って明後日の方向を指さした。
そう言って捜索団はそちらの方へと駆けていく。
その背中を眺めながら、台湾はつぶやいた。
明後日の方向の出口へ向かった捜索団は、またも頭を抱えていた。
その一声を合図に、今度は捜索団たちは、逆側へ走り出していった。
そう言った瞬間、彼は何かにぶつかった。
彼が目を上げた先にいたのは…
カナダと外交官Bだった。
そうして二人はしばらく拭いている。
なかなか拭き終わらない。
まだまだ拭いている。
今度はから拭きを始めた。
どこかの誰かが足をどけた。
そこもまた拭き始める。
そういわれ、捜索団たちは一目散に走り出していった。
しかし、英日はすでに車でワシントンをあとにしていた。
そうつぶやいた外交官は、海の方をじっと見つめた。
少し憎々しげな、しかし敬意を払うような不思議な目で…
一方その頃。
ワシントンから西へ向かう道で、一台のスピード違反気味の車が観測されていた。
そんな上司二人を見て、Aは
と思っていたが黙っていた。
言い合い後、しばらくの静寂が戻ってきたあと。
ふと、イギリスがあの日のように話しかけた。
それは、帝国らしさの欠片もない、一人の人としての言葉。
それに日本は…
地中海の日と全く変わらないように見える顔で答えた。
イギリスもいつものように微笑む。
少しスピードを上げた車の前には、静かな海が近づいてきていた。
第二部 第一次世界大戦編 終わり
第三部 第三極同盟編へ 続く














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!