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第1話

episode.1
4,289
2023/01/27 22:05 更新




俺は道枝駿佑。
大阪の公立高校に通う普通の高校生。


俺には好きな人が居た。
その人は ゛長尾 謙杜 ゛という同級生。
高二の春同じクラスになり優しい人柄に惹かれた。
よく話しかけるうちに仲良くなって、最近はいい雰囲気だと思う。
告白したらきっと、応えてくれる。なんてことまで思える程。



そして高二の夏、俺たちの平穏は突然壊された__





一睡も出来ずに朝日が窓から差し込んだ。
普段なら疲れや怠さを感じるはず、でも今の俺はそんな事を感じる場合じゃなかった。


時計を見る。病院の面会までに少し時間があった。
早めに準備をして、途中どこかへ寄ろう。


長尾は、昨日事故にあった。
夕方の事だった。
長尾の両親たちから聞いたが、小さな子供が飛び出るのを咄嗟に止めたら、車が来たらしい。
電話が鳴って、それを聞いた瞬間頭が真っ白になった。
けれど、長尾は一命を取り止め、今は呼吸もあるようだ。


しかし心配なので病院に朝から見舞いに行く事にした。
寄ったことの無い、駅前の花屋に初めて入る。
花ってどうやって買うんだっけ。
意外と高いな。
そう思いながら店内を見回すと、まとまった花束があった。淡い黄色とオレンジのバラが綺麗に混ざりあっている。

これにしよう。

値段は学生にとっては少し痛いが、そんなことを言っている場合じゃない。

ラッピングをして貰い、そのまま病院へと歩き始めた。





長尾が運ばれたのは、大きな府立病院だった。
面会と受付に言うと、案内されて大きな個室の前で「こちらです」と言われた。「どうも」と言うと無愛想にお辞儀をして、看護師さんが帰って行った。

札には『長尾 謙杜』と慣れた文字があった。
半ば本当は嘘じゃないか、と思ったが現実なんだなと実感した。

ゆっくりと戸を開け中に入る。

「こんにちは…」

小さな声で言うと、長尾の両親が振り返りこちらに寄ってくる。

「道枝くん来てくれてありがとう」

「いえ、あとこれお花です」

さっきの花束を渡すと長尾の母親はそれをじっと見つめて、ありがとうと微笑んだ。

長尾は奥のベットでぼぅっと外を見ていた。

「長尾、大丈夫?」

ベットのそばにいき、長尾に話しかける。
声をかけられ長尾がこちらを向く。
そしたら、不思議な顔をして


「えっと、ごめんなさい。……」







「誰………………ですか?」






長尾は焦ったのか、考え始めた。

誰ですか?って……何言ってるの?


「誰って何言うとるの。道枝だよ。」

「…………えっと、ホントあの…道枝さん…………?」


よそよそしく話す長尾に違和感を感じる。
なんで、こんな冗談をつくんだ。

決まりが悪くなって、長尾の母親の方を向くと
顔が蒼白で何かに気づいたように、苦しそうな表情をしていた。


長い沈黙のあと、長尾の母親が口を開いた。

「道枝くん、ちょっといいかしら」

扉の方に指を指し、決まりが悪そうに笑う。
外で話したいのだろう。
自分は頷き、一緒に外に出た。





「どうしたんですか」

俺が尋ねると、長尾の母親は俯き呼吸を整えてこちらを向いた。


「あのさっきあの子変だったじゃない……」



「あの子、謙杜が記憶障害になってしまったの」


___________


昼間というのに薄暗い病棟の廊下に沈黙が流れる。

記憶障害?


「えっと、ちょっと待ってください。どういう事ですか」


何を言っているのだろう。
俺は分からず長尾の母親に聞く。

長尾の母親はスゥと息を吸ったり吐いたりして、鼻をズルズルと啜りながら話した。


「事故の衝撃で、身体にも影響はあったけれどそれはかるくて。でも頭を打ったの、それで……」

うぅと話しながら泣いていた。

「……事故の前の記憶が無くなっていて私たちもど
こから無くなっているのかよく分からなかったのだけれど…高校二年生の記憶はないのね、きっと」

何を言っているんだ。完全に頭が追いつかない。
記憶障害?小説の中の話じゃないのか。


話を聞くと、長尾は意識を取り戻した時に
自分のことを高校一年生と言ったらしい。

冗談では無かったようで、検査をすると
脳の一部にやはり変化があったようだった。
記憶は二年生の部分は失われ、長尾のは今自分がひとつ若く、高校一年生と思っている。

医者は、無理に現実を伝えるのはよそうという事で未だ記憶障害の事は伝えてないらしい。

なので今の俺との会話が起こった。
長尾と出会ったのは高二の春。
勿論、一年の頃は名前も知らなかった。

そして、もうひとつ。大きな問題があった。



『前向性健忘』



一日の記憶が寝てしまうとリセット。

つまり、無くなる。という事だ。

今日の朝起きた時に、事故のことも忘れていて
この病気の可能性が示唆されたらしい。

突然の大きな情報にめまいを覚えた。
記憶障害、前向性健忘?
聞いた事のない言葉に戸惑いが隠せない。

今まで長尾といた日々は俺だけのものになった。

それじゃあ、俺のことはどう思っているのか。

リセット。他人って、事だよな。

ため息が出た。

長尾の母親が「ごめんね」と慰めてくれた。
辛いだろうに、長尾と同じで優しい人だった。


その日はそのまま病院を後にした。





























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