どうせ、もう存在しない記録。
どうせ、僕のものではない記憶。
僕は彼と彼女の融合体でしかないから
だから、娯楽として 彼の過去を消費する。
とても、リアルな夢
「えへへ、はじめまして。■■■」
幽霊だ。そう思った。
この小さくて廃れた町の裏山に逃げ出した僕の前に現れたのは、繭のような美しい白髪に青空みたいな青のメッシュを持った少女だった。
月夜の晩、その長い白髪を靡かせた少女の姿は幽霊にしか見えなかった。
「なんで、名前知ってるの」
「そういうものだから、かな」
口うるさい両親の支配から逃れるには、絶好の場所。
少女が幽霊なら、とくに気にすることもない。
「ねえ、いつもここにいるの」
「うーん、いつもはいないけど。君が望んだらここにいる。」
その青い目を伏せながら、頬に指を置いて思案する少女に、
つい、尋ねてしまう。
「君は幽霊なの」
「君はどっちがいい?」
少女は悪戯っぽく笑った。
いつの間にか、少女は心置きなく話すことのできるはじめての友人になっていた。
「やあ、ボタン。こんばんは」
「こんばんは。ね、今日はどんな話してあげよっか」
赤い鳥居がある山の崖っぷちを見つけた僕たちは
ここを密会場所に決めて、満月と新月の晩にだけ2人で会った。
「そういえば、あの我儘な王子の話はどうなったの」
「あ、その話がいい?ふふん、私がいっちばん詳しい話だよ!任せといて」
今日も、少女の話す御伽噺を聞く。
我儘な王子の話をするとき、ボタンはとても寂しそうな顔をする。
「王子は、最後はみんなと仲良くなって 平和が訪れました。めでたし、めでたし。」
そして、寂しそうな顔をすると、決まっていつも
ボタンは物語の結末を書き換える。
「山の神様は、最後は大好きな人と狼たちと一緒に 平和に過ごしました。」
「軍人の女の子は、最後は大好きな人と一緒に小さな花屋をはじめたのでした。」
「双子は、最後は2人で苦難を乗り越え、平和を手にしました。」
「金髪のエルフは、塔から出ることなく、永遠を塔で過ごしたのでした。」
「小さな男の子が、剣を抜くことはありませんでした。」
「純情な魔王は、最後は花畑でキャンパスに絵を描いたのでした。」
その結末を語るたびに、ボタンは辛そうな表情をして
俺の目を見て、また寂しそうに目を伏せる。
そんなに、悲しいのなら 無理しなくていいのに。
そう零したときがあった。
「話さないと。誰かが覚えててくれると、嬉しいから。」
そう言って、笑って、そしてボタンはまた続きを話す。
5億年分の長い長い御伽噺を、ボタンは話した。
何度も、月が満ち欠けを繰り返して
夜桜の山が、銀色に染まってを繰り返して。
そして、5億年をボタンは語り終えた。
5億年の御伽噺を語り終えたボタンは、
俺の手を握って語りかけた。
「絶対、絶対に、忘れないでね」
ボタンの手はひんやりとしていて、まるで幽霊みたい。
「最後にひとつだけ」
ここで聞くしかないと思った。
「君は幽霊なの」
「___うん」
そっか。
少女の白髪が月夜に透けている。
少女の肌が、月夜に透けている。
ボタンは幽霊なんだ。
ずっと、ここにいたのだろうか
5億年を語る相手を、待っていたのだろうか
「忘れないでね。おまじない」
そうして、小指を結んだ。
「どうか、お子さんを我が施設に預けてはいただけないでしょうか。」
家に訪れたのは、研究者を名乗る胡散臭い男だった。
両親は二つ返事で誘いを承諾し、俺はあっという間に男の言う"施設"に行くことになった。
町の人々はそれを栄誉なことと喜び、
裏で俺が施設に行くにあたっての補填金を手にしていた。
別に寂しくも、なんともない。
どうせ、この人たちに未練も執着も無かったから
施設の方がマシだと考えていた。
この時までは。
第一テスト 身体測定
身体のあらゆる箇所を測定。
身長、体重、目の色、髪の本数、体つき、黒子の数。
更に、能力もテスト
運動能力、頭脳、危機察知能力、危険回避能力、
素早さ、潜在的な才能、生存能力、生命力
全てに基準値が振られ、全てが数値化される。
数値が基準値に満たなかった者は、"箱"へ
全てクリアした者は、第ニテストを受ける。
第二テスト 実践テスト
全てが第一テストのとき測定された数値に満たされているか、確認。
主に運動能力、頭脳、生存能力、生命力が試される。
参加者は全員5歳から12歳の子供
子どもたちを地下の大きな広間に数カ月間、閉じ込めて能力をテスト。
水や食料は支給されない。
第二テストの最終日には、歯型のついた子供の骨と
赤黒いシミのついた冷たい鉄の壁、こびりついた耐え難い悪臭のみが残った。
子供の骨は、"箱"へ
肉から骨がはみ出した無残な姿の僕たちは
第三テストのため、数カ月の療養が言い渡される。
第三テスト 適合テスト
この施設が作られた理由である、"適合"。
テストと言うよりかは、実践。
注射器にいっぱいになるまで入れられた赤黒い液体を
1ヶ月間、毎日注入される。
耐え難い激痛と、生理的嫌悪が全身を襲う。
発狂死した者も少なくはない。
発狂死した者は、″箱″へ
一ヶ月を終えた子供たちは、
施設内のキッズスペースに通される。
「ねえねえ!リアトリスは″外″から来たんでしょう」
青空に虹がかかった壁と、天井からぶらさがったユニコーンの飾り物を見ながら、年下の子供たちは俺に聞いた。
「うん。そうだよ」
「へえ!外って本当にあるんだ!」
子供たちは施設で徹底的に管理された子供。
ドクターは彼らを モルモット と呼んだ。
外部から連れてこられた子供たちの中で、
生き残ったのは俺___リアトリスだけだった。
幸せを知らない者は、幸せを想像することができないから。
だから、モルモットたちは痛みのない生活を想像できない。
「外には、高い天井があってたくさんの電球がぶら下がってるんでしょ?」
モルモットに与えられる情報は制限される。
外の世界のことは、ここでは言っちゃいけないこと。
だけど、人が2人いたら噂が広がるというように、
情報を完全に制限することはできなかった。
「そうだよ。高い天井は "空" って言って、電球は "星" って言うんだよ」
そうやって、外のことを教えると彼らは嬉しそうに笑う。
太陽と呼ばれる大きな電灯が、東という方向から昇って
西という方向に沈むと、月が昇る。
月という太陽より少し小さな電灯が昇ると、"夜" になって星が現れる。
外には、たくさんの人間がいて
木と呼ばれるふさふさとした毛布みたいなのがいっぱい生えてる。
動物っていう、人間とは違う形の生き物がいっぱいいて
そこのユニコーンとそっくりなのもいる。
___というと、1人の子供が不思議そうに人形を抱きしめた。
食べ物。甘いの、辛いの、酸っぱいの。
甘いのは温かいのと似ていて
辛いのはちょっぴり痛いのと似ていて
酸っぱいのは壁の味と似ている。
___そう言うと、子供達は近くの鉄の壁を舐め始めて
"酸っぱい"と口を揃えて言った。
そして、痛いこと。
一番、誰にも伝わらなかったのは
意外にも"痛覚"に関してだった。
一番身近にあって、それ以外に何も無いから想像できない。
あの山の中じゃ、一番物を知らないのが俺で
ここじゃ一番物を知っているのが俺だった。
俺も、ろくに外のことを知らないのに。
だから、"痛み"をどう形容したらいいのか俺にはわからなかった。
実験は最終段階に入る。
謂わば冬眠、成功するまで休眠ポッドの中で眠る。
それが最終段階。
最終段階も、ギブアップは出る。
眠ったはいいものの、思った通りの変化にならなければ直ぐに"箱"に送られる。
人間の形を保てなかったら"箱"
髪が白に染まらなかったら"箱"
メンテナンスの解剖で衰弱死したら"箱"
真っ白に染まった髪に、青いメッシュが現れたら"箱"
___これが、一番多かった。
青いメッシュが現れた者、一番身近なのは 『カギハ』だった。
穏やかで、温厚な少年だったけど
青い髪が生え始めてから、震えて眠れなくなっていたことを知ってる。
その震えは、恐らく両方。
彼が、"箱"に送られた後 どうなったのかはまだ知らない。
青いメッシュと聞いて、思い当たるのがもう一人いた。
だけど、彼女の名前を、俺が眠る前に聞くことはなかった。
「ね、起きてる?」
コンコンとポッドを叩く音が聞こえた気がした。
起きてる?と聞こえた。起きてるわけがない。
今は、寝ないといけなくて。起きてちゃダメなんだから。
「あれ、ねぇ、起きてるよね?起きてると思うんだけど。もしもーし!」
「___っ、もう!うるさいなぁ。寝ないとダ……」
目が開いた。驚くほど簡単に
「あ、やっぱり起きてた!おはよう!あなたが始めての起床者だよ」
どうやら叩かれていたのは俺のポッドではなく、彼女のポッドだったみたいで。
つまり、彼女も一緒に眠るモルモットということだった。
「___なんで俺を起こしたの」
「なんで、って言われると……うーん、そうだな。
なんか、あなたは"モルモット"じゃない!って、ドクターが言ってたからかな」
「ねね、"モルモット"ってなに?」
多分、普通の表情はできていなかったと思う。
他の子どもたちは、近づくことすらできなかったドクターに会って
しかも、モルモットという単語を聞いた。と
どう考えても、彼女は普通の子供ではない。
「ドクターに会ったの?」
「__うん!そうだよ、なんか。会いたい!って言ったら会わせてくれて。"娘だから"って言ってたよ」
「ねね、"娘"ってなに?」
彼女の名前は 『 ヒマワリ 』と言った。
ここの子どもたちは、みんな 花が由来の名前をつけられていた。
そう言うと、彼女は 花とは何か聞いた。
彼女との出会いが、最終段階の32日目だった。
頭皮まで真っ白に染まった51日目
俺たちは、研究者たちの隙をついては目を開けて喋った。
言葉を話すとバレるから、曇ったポッドの内側に鏡文字を書いた。
まるで、冬の窓に絵を描く子供みたいに。
お陰で、ろくな教育を受けてなかった俺も、
鏡文字は得意になった。
主にするのは外の話と、思い出話と、未来の話。
この実験が終わったら、たくさん鉄の壁が舐めたい。と言っていた。
鉄の壁以外でも、舐めるものはたくさんあると言うと、
驚いた顔をして、じゃあ外にある全部のものを舐めると言っていた。
「ねね、実験が終わったらたくさんの"お金"が貰えるんだって!」
出自不明な噂を、笑顔で話していた。
「"お金"があったら、何ができるの?」
「うーん、色んな物が舐めれるとか」
「それって凄く幸せだね!」
「あとは、おっきな毛布が買えるよ」
「それってどれくらい?」
「うーん、これくらい」
そう言って思いっきり、手を広げるとヒマワリは面白そうに笑って
「あははっ、流石に大きすぎるよ!」
「__嘘だと思ってるだろ。嘘じゃないから」
そして、笑い疲れた辺りで言った。
「ねぇ、他にはどんなことができるの?」
「うーん……空に行けるかな」
「空?」
「そう、空の向こうにはいっぱい星があるから。いろんな星に行けるよ」
「うーん、おっきい実験室みたいな?」
「例えは物騒だけど……そんな感じかな」
「じゃあ!私は、全部の物を舐めて、おっきな毛布を買って、____空に行く!!」
おっきなビックリマークがたくさん添えられたその文は、多分 彼女の希望の証明。
「空に行くとき、リアトリスも誘ってあげる!」
「じゃあ、」
「空に行くときは、一緒に行こう」
そういえば、
なんで、液体で満たされたポッドの中が曇るのだろう。
騒がしくなってきた82日目
研究所の出入りがたくさんになってきて、人が増えた。
職員の足は早足で、メンテナンスの回数も減ってきた。
そんな時期に、俺のポッドの前にいくつか資料が落ちていた。
「まだ、ヒマワリは寝てるし……」
ただ、なんとなく気になって、資料を覗き見て知った。
【重要】 第4 実験発端資料
少女の年代 2024年から5000年前に残された石碑を
我々、「セイヴィアー」が2020年に発掘
次年5月に山の神を宿した例の少女の存在を確認
〚 A-472 〛を向かわせた後、山へ確認作業を行う。
結果、作業は不測の事態により失敗に終わった為
予備プランの『最終神実験』へ移行する
最終神実験 概要
例の少女の遺体から回収した、山神の血を
少女と近しい年の子供に注入。
子供を、神の眷属とし 身体を捧げ物とする。
我らの目的は、子供に神を宿させるにある。
よって、精神的 肉体的な強化に励み、清き肉体を捧げるものとする。
息が止まる。
適合テストで入れられた、"赤黒い液体"
それがなんだったのか。
俺たちは、成功するかもわからない賭け事に、
命を使わされていたんだという事実。
そう思うと、液体に満たされた、この逃げられないポットが牢獄にしか見えなくなってくる。
身体が冷えてくる。怖気だ。
目が冴える。
「___リ___ス、リアトリス」
「___あ」
ヒマワリだと思って上げた目は、白の白衣を捉えた。
なんだ、実験の時間か。
____脳を弄くり回されて、この記憶を忘れてしまえるなら
それでもいいやと思った。
" 箱 "の概要
箱とは、率直に言って処刑部屋のことである。
箱に送られた子どもは、生きていようが死んでいようが関係なく全ての骨を粉にされた後
体中の血を全て採取される。
___山神の血を、一滴たりとも失わぬようにするためである。
そうして、できた肉塊の魂は遠い" 過去 "に飛ばされる。
この" 現在 "と" 未来 "に影響を及ばせさせないためである。
処刑部屋で、処刑される子供の特徴は
『 白髪に青いメッシュを持つ者 』だ。
____過去に"白計画"と呼ばれる
『 突如世界に現れた白髪に青いメッシュを持つ者を戦闘兵器として利用する 』という戦争があったそうだ。
その、"白"と呼ばれた者たちは 生に執着がなく、敵陣に殺されたときも
死体が膨張し、爆発することから兵器としての都合がよかったそうだ。
生きた地雷、それが白だ。
その終わり方は、まるで
星の終わりと、そっくりだ。
「っ_______」
「ね、ねぇ……?」
痛む頭を抱える俺に、ヒマワリが心配の色を滲ませて尋ねてきた。
俺の頭に巻かれた包帯の数がいつもより多いからだろう。
「___人の心配してる……暇ないでしょ……?」
「そ、そうだけど……!」
数刻後に、俺が今受けた実験と全く同じ内容がヒマワリにも課せられる。
「ねえ、あのね、私考えたの!」
嬉しそうに、楽しそうに声を弾ませるヒマワリは
わっと身を乗り出してにこにこと笑う。
「外に、外に行こう!」
「_____」
外
____外か
「____本気で?」
「ほんとだよ!約束したでしょ?一緒に空に行こう!」
キラキラと目を輝かせるヒマワリの瞳には宇宙が宿ってる。
彼女の何でもできるという子供特有の無知は、ヒマワリに自由を見せたのだろうか。
「___私、リアトリスと"星"が見たいの!」
俺は_______
「____一緒に外に行こう」
___俺も、無知な子供だったようだ。
ほとんど動かなくなった口角が、笑みの形を作った167日目だった。
それから、ずっと、ずっとヒマワリと脱走計画をしてた。
実験に行く途中、じーっと辺りを見渡したり、人の数を見てたりした。
外に出ると決めたあの日から、すっごく、たくさん、たくさん日々が過ぎて。
たくさんの実験を経て、何度も発狂しては眠りについた。
段々と難しいことがわからなくなってきた。
頭が、ふんわりと、わたあめみたいに力がはいらない。
痛みもよく分からなくなってきた。
「ねぇ、リアトリス?聞いてる?!地図作らないとなんだよ!」
「あぁ、そうだったね。ごめん、ぼーっとしてた」
「もー!ダメなんだから!それじゃ成功できないよ!」
あははっと、2人で笑い合うと心がちょっぴりスッキリした。
髪は、2人ともそっくりな長さに伸び放題だ。
きっと全身よりも長くなっただろう。
「えっと、だから"決行日"は、"12月の10日"だよ!」
「うん、うん……冬だよね、雪の……真っ白の」
そう言うと、ヒマワリがその目尻を下げて困ったような顔をした。なんでだろう。なにか変なことを言ったかな。
「絶対、絶対約束だからね。二人で、"二人"で空に行くんだからね!」
「うん、うん、わかってるよ。わかってる。空に行くんだよね」
ヒマワリと話しているうちに、段々と瞼が重くなってきて。
睡魔に抗えず、俺は眠りについた。
月日が流れるのはすっごくはやかった。
「今日はいつもと違って特別な儀式なのだよ、リアトリス」
12月の10日、地上が真っ白になる日。
迎えに来たドクターは俺にそう言った。
どうやら、最後の実験の日で、"ヤマガミのチ"が入った"シロ"を"カミにする"らしい
「白である君たちにとっても名誉なことだ、神になれるということは」
そうだね。普通の人間は神になれないんだから、神になれるのはとっても名誉なこと!
真っ白と灰色に囲まれた廊下から、真っ黒の部屋に通された。
部屋の中央に、真っ青の液体で満たされたポッドが一つだけ置かれていて。
周りにはたくさんのチューブと電子機器が並んでいた。
「リアトリス、君はここにいて。神が下りるのを待っていればいいんだよ」
うん。わかった。待ってる。
それから数刻
悶々と、ぼーっとしながら部屋でぐうたらしてたら記憶の片隅に真夏がよぎった。
「そうだ、ヒマワリに会いに行かなきゃいけないんだ」
動かさずにいて痺れた足を奮い立たせながら部屋を出る。
なんて不用心なんだろう!部屋には鍵がかかっておらず、手をかざしただけで開いてしまった。
ヒマワリと約束していた、合せ鏡の廊下に向かわなきゃ。
「もうっ、遅いよリアトリス!」
「ごめん、ヒマワリ」
左右対称に作られ、子どもたちの行き来が可能な場所で一番出口に近いところ。
それが合せ鏡の廊下だ。
「ヒマワリ、ここからどうやって行くんだっけ」
「もう、また忘れちゃったの____」
合せ鏡の廊下を抜けて、測定部屋に入る____第一テストの場所だね。
測定部屋には監視システムがないから、素通りするだけでいいよ。
そこから、"箱"に向かうの。
「"箱"?」
「ほんとに覚えてないの?"箱"に行くんだよ」
"箱"は、死んだ子どもたちが外に行くために使われる謂わば処理場。
中にある機械はとっても危ないから触らないでね。
そこから、子どもたちの骨が処理される穴を抜ければ外だよ。
「___"箱"から、外だね。」
「そうだよ!そこからは自由だから、がんばろうね」
リアトリスの手を掴んで嬉しそうに笑うヒマワリに、リアトリスも笑った。
そのままヒマワリと駆け出すと、すっごく胸が空いた。
合せ鏡の廊下から、なんなく測定部屋まで辿り着き
その部屋の扉を開け、悪臭が鼻をついても 胸は空いたままだった。
「私はここに来たことがないけど、リアトリスは来たことがあるんだよね」
「うん。そうだよ、ここでこの施設に入ったんだ」
苦く、苦しい思い出が蘇ってくるが
赤黒いシミも、腐敗した臭いも、隅に転がる乳歯ですら、今のリアトリスの気分を害することはなかった。
「さあ、"箱"の入口だよ」
「すっごくわかりやすいね」
BOXと看板の提げられた扉は、とっても軽そうだ。
「開けるよ」
BOXの扉が開けられると、中にあったのは小さな小部屋。
部屋の中央に大きなプレスの機械があるだけで、他には山積みにされたカルテ。
「たくさん名前が書いてあるね」
ヒマワリがカルテを拾った。
覚えのある名前がたくさんあった。
『ワカバ』この施設で最年少の女の子。外のことをよく知りたがった。数ヶ月前に青いメッシュが現れて死んでいた。
『カギハ』穏やかで優しい少年。絵を描くのが好きで、子どもたちの似顔絵をよく描いていた。青いメッシュが現れて死んだ。
『ローズ』気高く上品な年上の少女。第二テストの実践のときに、俺を庇って死んだ。
『ガーベラ』ふわふわしてて不思議な少女。ユニコーンのぬいぐるみが大好きだった。青いメッシュが現れて死んだ。
『ムスカリ』陽気で明るい少年。一番最初に鉄の壁を酸っぱいと言った。実験からの発狂で死んだ。
『チューリップ』この施設で最年長の少女。この施設のことや生い立ちを教えてくれた。青いメッシュが現れて死んだ。
『ネモフィラ』ツンとした我の通った強気な少女。いつもはむすっとしてるけど、星の話をしたらちょっとだけ笑ってくれた。実験からの発狂で死んだ。
『ルピナス』自己肯定感が高く自信に溢れた少年。チューリップと並んで年長で、どんなに辛い実験があっても笑って頭を撫でてくれた。実験の精神負荷から自殺して死んだ。
『リンドウ』子どもたちを一番案じていた少年。いつも大人たちに怒っていて、実験の辛さに泣き叫ぶ年少者の代わりに、何個も実験を肩代わりしていた。青いメッシュが現れて死んだ。
『ノブドウ』心優しく、大人びた少女。実験から帰ると真っ先に駆け寄って抱きしめてくれた。実験からの発狂で死んだ。
『ユリ』ピュアで愛嬌のある少女。第二テストの実践のときに『ワカバ』を庇って死んだ。
『ボタン』優しく、いつでも笑顔で、ちょっぴり意地悪で、どこで聞いたかわからない御伽噺を話して、目を離したら消えてしまいそうな少女。
そっか。ボタンもここから来たんだ。
ボタンが幽霊だったのは事実だから。
きっと、ボタンは"白"として過去に生まれ変わって、誰かいい人と出会って、死んだのだろう。
そして、きっと、また俺のところに現れたんだ。
カルテを見た限り、もう俺とボタン以外に生き残りはいないみたいだった。
「どうしたの、リアトリス」
「ううん。なんでもないよ、ヒマワリ」
さあ、外にいかなくちゃ。__空が待ってるから。
___あっけなかった。
冷たい風を感じながら、そう思った。
自由の感覚も、踏みしめる芝生のくすぐったさも現実離れしていた。
わからなかった、自由が。
「ここが、外なんだね___!」
そんな俺とは違って、ヒマワリは外の自由を現実のものとして咀嚼することができたようだった。
「ほら、ほら__!!早く行こう!誰か来る前に、遠くに行こう!」
ヒマワリが強く手を引くと、よろめきながらも俺は走り出した。
裸足に食い込む小石が、かすかながらに現実を主張していた。
外は夜だった。だけど明るかった。オリオン座が東の空に見えた。
冬の冷たい風が何度も頬を撫でた。綺麗な星空だった。
「こんなに広いんだね!」
一房の陰りもない、真っ白の髪。伸び切って、地面に引きずってる髪の隙間からヒマワリの目が覗くと嬉しくなった。ヒマワリが、自由を享受しているのが嬉しかった。
「ねえ、空に行こう!はやく行こうよ!」
「___うん、行こう。空に、宇宙に_______?」
視界がぐらっと歪んだ。
段々、視界が地面に近づいて、直後に響く全身の痛み_______が、
なんでそんな顔をしてるのヒマワリ
「じゃあね、ごめんね」
Q 彼に温もりを教えたのは?
A 王の血を引いた純情な心の花売り『ボタン』
Q 彼が焦がれたのは?
A 未知を求め破滅に向かい成し遂げる、未知の力『外界の自由』
Q 彼が望んだのは?
A 自分が犠牲になり皆が幸せになる世界『未来』
Q 彼に憧れたのは?
A 狂気の女神『アーテー』またの名を『阿屍リディス』
Q 彼に足りなかったのは?
A 色欲。『彼女を魅了しきれなかった』
Q 彼の向かう行く先は?
A 青い星
涙に満ちた、青い星。
ちくっとするのがすごく嫌で、目を開けた。
目の前に、白い服の___誰だっけ、誰か、覚えのある人が立ってた。
「こんにちは、リアトリス。機嫌はいかがかな」
誰、聞き覚えのある___嫌な声。その臭い、すごく嫌い。
「_____だれ、だれ___だっけ」
「うーん、困ったな。実験に成功したと思ったのだが知能の低下がとても著しい」
あんまり、よくわからない。知らない言葉___いや、忘れた言葉?
「___いや、これまでの過程から君の知能が低下するたびに同調率があがってるね。そういう体質なのかな」
やまがみ____やまがみのことかな
「君の身体状況から___良くて『闇芳 死無』か、鬼神『暁晃冥』ってところかな。
闇芳死無は不死と名高いし、暁晃冥もある集落で今も信仰されている戦争の神だ。君にとてもぴったりだよ」
やみよし、しな____?しな____しな____聞いたことがある。
誰だっけ、白い髪に青い髪の____あの女の子に聞いた。
「_____どうした、No.69」
誰か、白い服の人が、誰かと音を出し合ってる
「___四女神がこちらを見ていると?馬鹿なことを言うな、見ていたとして、一体誰だ?
『リリィ』か?『ファルメラ』か?まさか『ミーラィ』じゃないだろうな」
「アーテー_____アーテーだと?」
あーてえ
「チッ、いつの時代も変わらないやつだ。あの女。萬桐家で現し世と決別したとは偽りだったか」
あーてえ?
「今すぐ施設を放棄しろ。被検体の回収は忘れるな、それ以外は捨て置け!」
あーてえ
ヒマワリは?
ヒマワリ、ヒマワリはどこ?
「ヒマ……ワリ……?」
ああ、ちくちくするよ。なんだか、すっごく、ずーんってするんだ。
こんなモヤモヤを、ヒマワリがひとりぼっちでしてたら
すっごく嫌だ。ほんとに、嫌なんだ。
「は_____あぁ、ヒマワリか」
白の人が、言った。
「ヒマワリはだめだった。あの子は死んださ、衰弱死だよ」
死ぬの?
死んじゃったの?
「なんで?」
「ヒマワリはね、僕と取引したんだよ。___他の子供達、みんな殺していいから。私とリアトリスを逃がしてください。ってね」
「なんで?」
「さぁ?それは僕も知らないけど……空に行きたいとか言ってたかな。___一度、神の眷属になったものはこの地球から離れられないのにも関わらずにね」
「なんで?」
「教えてあげたよ、逃げ道もカメラの位置も。_____君はとても賢いのに、気づかなかったのかい?なんで、ヒマワリが逃げ道を知っているのか」
「なんで?」
「____結局、刻限は来たけどね。ヒマワリの身体であそこまで持ったのは奇跡だよ」
「なんで」
「もし、仮に生き延びていたとしても、彼女は地球を離れられなかったか、神となって"別のナニカ"に変わっていたろうね。__希望を持ったまま死ねた。良いことだよ」
「な__で」
「___ああ、そろそろ時間だね、リアトリス。早くここを離れるよ。もう被検体は君しか残っていないのだからね」
ヒマワリは死んだ。
一緒に空に行けなかった。空に行こうって言ったのに

それは、モヤモヤする。違う、と思う。
ヒマワリは、空に行く。約束した。

それは、結果だ。でも、それがよくない?
あれ、じゃあヒマワリは嘘つき?

ああ、そうかも。俺も、俺___も?
「なにをしているんだ、リアトリス!早くこっちに____」

その女の声が聞こえた瞬間、白い人が真っ赤な服に早着替えした。
わあ、すごいマジック
ねえ、君は誰

あーてえ?いうの

一緒になるの?

それは、それは
なんだかもやもやする
それって、俺が俺と違うくなること?
だって、ヒマワリが。ヒマワリと一緒に空に行くって言ったから。
約束したんだ。指切ったら、守る。が、絶対なんだ。

そのとき、すとんとおちた。
このひとは、もやもやだ。
からっぽなんだ、わからないんだ。
あめがぽろぽろおちてくるよ
ぼろぼろで、こわれたけんきゅうじょの上からは星がのぞいてた。
ほら、つかんで。
夏にしか、ヒマワリは咲かないなら
12がつに、ヒマワリは咲かないから。
ヒマワリは10がつをむかえれないから。
「一緒に、空に行こう。ヒマワリ」
そして、ヒマワリにリアトリスと呼ばれた少年は
手に掴んだ硝子片を躊躇なくその首に押し当て、さっと横に引いた。
真っ青の地面に、赤の飛沫が上がった。
だらんと少年の体が地面に落ちると、近場で見ていた女はため息を1つ。

『ふーん、折角遊べると思ったのに。つまんない、つまんないよ、つまんないつまんなーい』
女____アーテーもとい阿屍リディスは少年の身体をその素足で転がすと、ちぇっと小さく舌打ちした。
『リアトリス……だっけ?あれ、違うかな。本名じゃないよね、これ』
『うーん……あ!あー!あの子か、この子』
アーテーはパンと手を鳴らすと、にこにこしながら少年の死体に語りかける。
『君、リアトリスって名乗ってたの?_____八風雪解くん』
『そっか、八風の子孫だったんだ!通りで、このトンチンカンで思い違いも甚だしい実験でも成功しちゃうんだ!』
『なんだっけ、山神の血……八風雪狐の血かな?
そんな刺激物を入れられて、拒否反応を示さなかったのはそういうことだったんだね』
少年の死体から流れる血を指で遊びながら、アーテーは微笑む。
『そっかそっか!ふふ、すっごい偶然だね。
"本当のはじまり"の子孫が"偽物の終わり"を示すだなんて!』
『____あ、待って。来てる』
橙の髪が目の奥に横切った気がして、アーテーは心底嬉しそうに笑った。
『ふふ、あの"最後で最初の子"も大変だね?私は、自由で素敵な人生を歩んでるんだもの!』
アーテーはちらっと少年の死体を一瞥した。
『結構好きだよ、雪解くん。君の生い立ちは"視聴者"にすっごく映えるんだよ』
『だから____私の半身をあげる』
『私の半身と、雪解くんの魂を融合させて、生まれ変わって、新しい生命として生きるの。すてきだね?』
『神でも人でもない、女でも男でもない、そうなった雪解くんだったモノが、どんな生を歩むのか楽しみだな!』
少年の頭を小動物のように撫でながら、アーテーは冬の星空を見上げた。
『そうだな、新しくなった雪解くんに、リゼルの名前をあげる!』
『雪解くんの大好きなお星様のリゲルと、新生するって意味でゼロをかけあわせたの。すっごくすてきでしょ?』
『ふふっ、雪解くん___リゼルくんのすっごく"奇怪"な生き方を楽しみに見てるね!』
『じゃあ、世界滅亡の後日譚を楽しんで!』
「そういえば、なんで僕って宇宙にいるんだろう」
「なんか、地球がすっごーい嫌いだった気はするんだけど、あれーなんだっけなんだっけ」
「あれ、違うかも?宇宙が好きなんだっけ?____あー!!!わかんないわかんなーい!!」
「別に特に理由はないでしょ!!うん!なんとなくだった気がしてきた!心身一如だよ!!!意味違うけど!」
「あれ、なんでこんなところにお花があるんだろう」











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。