その日の配信は、いつもより少しだけ空気が違っていた。
待機コメントはいつも通り流れている。
「こんばんは待機!」
「今日も楽しみ!」
「華奈ー!」
でも華奈は、配信開始ボタンを押す前に深呼吸をした。
「……よし」
覚悟は決めていた。
配信開始。
「こんばんは、華奈だよ🌸」
コメントが一気に流れる。
いつもと同じ光景。
いつもと同じ声。
でも今日は――違う。
少し雑談をしてから、華奈は姿勢を正した。
「ねえ、みんな」
コメントの流れがゆっくりになる。
「今日は、大事なお話があります」
空気が変わった。
画面越しでも分かるくらい。
華奈は少しだけ笑った。
でも目は真剣だった。
「私、華奈は――」
一瞬、言葉が止まる。
心臓の音がうるさい。
でも逃げなかった。
「活動を、引退します」
コメントが止まった。
完全な静寂。
数秒後――
一気に流れ出した。
「え?」
「待って」
「嘘でしょ」
「やだ」
「なんで」
画面が追えないほどの速度。
華奈の目に涙がにじむ。
「ごめんね」
声が震える。
「悲しいお知らせになっちゃって」
深呼吸。
「でもね」
「前から少しずつ考えてました」
言葉を選びながら続ける。
「ここまで来れて」
「夢もいっぱい叶って」
「すごく幸せで」
涙がこぼれる。
「だからこそ」
「自分で終わりを決めたいって思いました」
コメントは止まらない。
「寂しい」
「でも応援する」
「ありがとう」
「大好き」
「出会えてよかった」
華奈は泣きながら笑った。
「私ね」
「VTuberになって」
「人生が変わりました」
「みんなに会えたから」
声が震える。
「本当に、本当にありがとう」
少し間を置いて。
「でも、まだ終わりじゃないよ」
コメントが反応する。
「引退ライブ、やります」
一瞬、空気が変わる。
「最後に」
「みんなと最高の思い出を作りたい」
涙を拭いて笑う。
「だから」
「最後まで、そばにいてください🌸」
コメントが爆発した。
「絶対行く!!」
「最後まで推す!!」
「ありがとう」
「一生忘れない」
配信終了後。
部屋は静かだった。
華奈は天井を見上げる。
涙が止まらない。
でも、不思議と後悔はなかった。
「ちゃんと……言えた」
小さく笑う。
「最後まで頑張ろう」












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!