私と雪葉は今、産屋敷邸に来ている
宇髄さんとのお話を受けて、御館様とも話をしなければと思ったからだ
とは言え、まだ自分の中でも結論は出ていない
半ば衝動的に面会を申し出たにもかかわらず、御館様は快諾してくださった
三つ指をつき、丁寧に頭を下げる
穏やかに語る声色に、ほんの僅かな興奮を感じとる
お館様…それは…貴方様を…犠牲にする事ですか?
御館様の微笑みが深くなる
それは今まで考えたことがなかった
私達は、上弦も鬼舞辻も途方のない存在だと思っていたから
勿論それらを倒すための修行と任務とはいえ、この戦いは私たちが死んだ後も何十年何百年続くものだろうと感じていた
御館様の声が鼓膜を揺らす
胸を突かれたように息が詰まって、私は御館様の御顔を見上げた
───私達が鬼殺隊に入った理由
命を救ってくれた富岡さんや、引き取ってくれた鱗滝さんに恩を返すため
自分の大切な人を守る為の思いを存在に出す為。
けれど、鬼殺隊に入隊してから、私の周りには常に多くの人がいた
尊敬する師範、柱の方達、背中を預けた同僚、隠の皆さん
柱と肩を並べ、鬼殺の要となる
私と雪葉にそれが務まるのなら
皆の力になれるのなら
深く、深く頭を垂れる
顔を上げてごらん、と言われゆっくりと身体を起こす
無理をおしてまで、御館様は上座を降りてこちらに来てくださった
病に侵された手で、光も失っているのに私の手を手探りで取ってくださった
優しい微笑みと、手から伝わる温もりが痛いほど体に沁み入る
胸が熱い、痛い
どうしてかわからない
そういえば、煉獄さんもそんなことを言ってくださったなあ
鼻の奥がつんとして、視界が僅かに揺れた
私達にとってその言葉は胸の熱さと心の温かさと繋がった。
NO SIDE
数日後、柱たちは予定外の招集を受けて産屋敷邸に集った
お館様から…やはり、榛香は柱になる道を選んだだろうか…
連続で柱が殉職、引退した今、柱の空席は二つ
顔にはもっと空席が目立っていた時期もあるが、上弦討伐という機に際して新たな柱の誕生は追い風になるだろう
小柄なマフラー少女と白く蝶々の少女が二人、姿を現した
白銀の髪に水色の瞳と藤の様な花の目
1人の白銀少女は華奢な体躯には些か大きい黒いの羽織に身を包んでいる
二人目の黒い髪に薄紫のグラデーションの少女は黒い羽織に赤い椿の雪模様に身を包んでいる。
洗練された仕草で柱達の前に膝を付き、深々と頭を下げた
…確かに、無一郎さんは同い年かもしれない。
…やっぱり、違和感ってあるよね…。
でも、私達が柱になる理由はみんなを守りたいからでもあるんだ。
鬼を滅した時、朝焼けが訪れるように…
そして…
柱となって暫くは、多忙な日々が続いた
柱の入れ替わりにあたってそれぞれの担当地区も多少の変更があり、私は巡回や報告書の作成など、柱としての業務も覚える必要があった
それでも、元々師範についていたため慣れるまでに時間がかからなかったのは幸いだった
柱には通常個人の邸宅が与えられるが、多忙な期間で自分の家にかける時間が勿体無かったので後に回して欲しいと御館様に申し出た
雪葉も自分の家を雪柱屋敷にし、自分はもう暫くは水屋敷で過ごす事を了承してくれたので有り難かった
そんな日々の中で二ヶ月があっという間に過ぎた
富岡さんにそう言われるまで、私は刀のことを完全に失念していた
柱の証たる、刀の“悪鬼滅殺”の文字
刀鍛冶の里で刀匠に彫りを入れてもらう必要がある
………情けない
責任ある地位に就きながらこのような調子では…
でも…富岡さんと居られるなら…それだけで良い。
非番申請の届を書いていると、唐突に師範にそう言われた
師範の表情は穏やかなので、責めたり怒ったりしている訳ではない
相変わらずの言葉足らずだけれど、これからは聞く機会も減ってしまうのかもしれない
そう考えると、少し寂しかった
…あの時、お前は鬼に殺され…血塗れだった子を自然と助けたかった。
此処を過ごして分かった、榛香の事を大切に思っていた事を…
本当に物欲なども無いし、忙しい師範を煩わせる訳にもいかない
どこか噛み合わない会話も、かけがえのない瞬間だということを少しづつ実感するようになっていた
あんな…俺みたいな思いをさせない為に助けた理由に…錆兎は知っているだろうか…。
大正コソコソ話!


























編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!