そう言う声が聞こえて
ほぼ反射で顔をあげた
顔をあげると、目の前にいるのは
黒い頭巾で顔を覆う一人の男だった
目の前の男は、黒い頭巾を深く被っていて
夜の暗さもあって、余計顔が見えなかった
もしも顔見知りなのなら、申し訳ない
相手側は相当気まずいだろう
男は、俺の反応に酷く驚いたように見えたが、
直ぐに冷静さを取り戻したのか、
淡々とした口調で話し出す
彼は初対面だと言う
では、なぜあれほどまでに驚いていたのか
不思議でしょうがなかったが、
残念ながら今の俺の頭は何も考えられなかった
これからすることを、躊躇いもなく言葉にする
改めて言葉にすると、酷く現実感がなかった
男は、俺の言葉の意味がわかったのか
しばらくそのまま突っ立っていたのだが
そっと、俺の横に腰を下ろした
今、会ったばかりの人に
敵か味方かもわからない人に
こんなことを言う自分は狂っている
でも、今、今だけだけれども
俺の横に腰を下ろした男が
太陽の代わりに側にいてくれるような
そんな感じがして
それに、ひたすら縋っていたかった
ここ数年、太陽でしか触れてこれなかったぬくもりに
ただただ、浸っていたかった
たった、それだけ
それに、男は再び目を丸くした
雨乃家当主の訃報、というのを知ってるということは
雨乃か宵月の人間だろうと推測する
これが前者の場合、俺の首は飛ぶだろうし
これが後者の場合、身体を切り裂かれるだろう
でも、別にされてもいいかな、って思ってしまうぐらいに
俺の精神は酷く弱っていた
それに、男は何も答えなかった
沈黙が俺らを包み込んだけど
双方何もその状況をしようとはしなかった
ただ、ただ
そのまま、時間だけが流れた
雨でも、降ってくれたらよかったのに
そしたら、俺の身についた血も
周囲一体を染める赤も
さっきまで頬を伝っていた
今じゃ跡だけ残る涙も
全て流して
この沈黙の時間を
雨音で誤魔化して
何も、考えずに済んだのに
でも、突然そう男は言った
俺は、思わず目を見開いて、
勢いよく顔をあげた
こさめの言葉が、
脳内をものすごい勢いで駆け巡る
俺は、渇いた笑みを溢した
逃げて、と何度も何度も何度も
俺に訴えかけた君
当主という、俺が逆らえないのを知ってる
立場を利用してでも逃そうとした君
わざと「らん」という
「桃葉」の『葉』の字にとらわれない名前で
俺に訴えかけた君
意味のない、理由もない謝罪と共に
『幸せになって』という言葉を
俺に遺した君
でも、俺には理解できない言葉があった
どうせなら、この男に聞いてみたかった
そう言って、男は奥に進んで行った
奥をよく見れば、手入れされた馬がいた
旅人、なのだろうか
それとも、兵士なのだろうか
でも、もしも兵士なのだとすれば
きっと雨乃の兵士ではない気がする
ならば宵月の兵士なのだろうか
でも、それならばなぜ俺を殺さないのだろう
俺を味方だと勘違いしてるわけではなさそうなのに
やはり……旅人なのだろうか
なんて考えていると
馬に乗った男が、こちらへやってきた
そういう男は、笑った
俺を可笑しいという風に
面白いと、いう風に
そう言って、男は馬を走らせて
どこかへ行ってしまった
俺は何もできずに、ただその場に取り残された
でも、男の言葉が気になった
正直、そんなの考えたことすらなかった
陸つの頃に、人質として宵月に連れて行かれて
その頃から、肯定以外の返事など知らなかった
ずっと、上に従って
ずっと、刃を振るって
ずっと、行動してきた
それが、当たり前だった
本当に、していいのだろうか
本当に、自由に生きていいのだろうか
でも、それが「幸せ」だったら
それが、こさめの願いなら
俺は、それを叶えたい
ねぇ、こさめはさ
生きてて、幸せだった、?
俺は、こさめに堂々と
「幸せ」って言えるようになれるのかな
馬を走らせながら、そう呟く
俺の脳内は、先程寺で会った兵士のことで
いっぱいだった
雨乃家当主、雨乃葉瑠を討ってから数刻経った頃
あの方の元にいる、情報収集をする彼から
雨乃の嫡男が存在するという事実が伝えられて
宵月の最高戦力を誇る兵を向かわせた
それなのに兵からの連絡が一向に入ってこなくて
不思議に思い、その寺へ出向いた
その寺は、見たことのないぐらい赤黒く染まっていた
まるで、地獄のようなその場所の匂いに
戦い慣れてる自分でも、顔を顰めたほど
本当に、酷いとしか言いようがなかった
瞬時に連絡が入ってこなかった理由がわかった
全員、何者かに殺られたのだ
そんな地獄で、たった一人の兵が切腹を試みていた
その人を、宵月の兵だと思い咄嗟に止めた
____でも、彼は俺に、誰かと問いてきた
それで、直ぐに判った
あぁ、敵なのだと
でも、目の前で自害されるのと
自分が殺すのじゃ話が変わってくる
しかも、相手は宵月の手練れをこれほどまでにしたのだ
油断していれば、殺られる
そう思ったものの、
切腹しようとしていたし、
やばいと判断すれば直ぐに首を切り落とせばいい
と判断し、話を聴いた
すると、彼は面白いことを言うのだ
こさめ、というのは
彼が調べた「雨乃恋沙愛」のことだろう
彼は、雨乃家当主ではなく
その嫡男に仕えていたのだ
その時、ふと思い出した
あの方から伺った、櫻子という少年の話を
直ぐに判った
彼が、櫻子なのだと
殺すのは、やめた
殺すのは、とても惜しかったから
もしかしたら、これから宵月の方へ
味方としてやって来るかもしれない
櫻子が、宵月をどう思っているかはわからないが
味方になる可能性があるのならば、生かしておきたい
ただ、味方にするとしたら、
あまりにも直近の情報が少なすぎた
そう思い、頭を必死に回す
……先ずは、味方になるとしても、敵になるとしても、
櫻子の、最低でも直近十年以内の情報が欲しい
……彼に「櫻子」のことを調べて貰おう
城に帰ったら、直ぐに頼んでみようかな
雨乃恋沙愛の存在を暴いた彼ならば、
すぐ櫻子のことはわかるだろうし
ついでに、雨乃恋沙愛のことも追加で調べて貰おう
どう櫻子に影響を及ぼしたのかも……
彼の人物像も知りたいしね、
黒い頭巾が邪魔になって、
綱を片手に移し、
もう片方の手で頭巾を外した
一気に視界がクリアになって
俺は目を細めた
俺はそう言って馬を進める
月は、さっきの血濡れた地面とは違って
相変わらず綺麗に輝いていた








![私の推しは兄でした。 [🎲]](https://novel-img-gcs.prepics-cdn.com/prcmnovel-tokyo-prod-converted-images/p/037042d526cefdcdc29e9f176daaec1f06cdd850/cover/01J8SVY8BZ4ZV5NSXS9C7T0Q7J_resized_240x340.jpg)


編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。