此処は、雨乃家の領地内にある城
戦に負けたのに尚、城が残っているなど
変な話だな、なんて思いながら
かつて自分の父が座っていた場所に、自分はいる
声が聞こえてそちらを向くと、
そこには少年が立っていた
整った顔立ちに映える黒い髪
目にかかるぐらいの前髪の間からは
綺麗な赤い瞳が覗き込んでいる
そう言って、報告書を受け取ると
中身を読む前に、目の前の彼を見つめた
彼は、それを不思議に思ったのか首を傾げる
なんとなく、罪悪感を抱いた
そう言って、椿は笑った
椿は、名前の通り、椿の花ような赤い瞳を持っている
椿と初めて会ったのは、
こさめが崖から飛び降りて、五日後だった
崖から飛び降りて、全身を強打した
視界は次第に赤く染まっていくし
全身から力は抜けて感覚はなくなっていくし
あぁ、死ぬんだな、なんて本気で思った
それなのに、
目を覚ますと、知らない室内にいて
あぁ、生きてるんだ、なんて絶望した
きっと、この部屋は宵月の屋敷で
きっとこれから殺されるんだなって
先に自害できるものがあるか探してた
でも、それは椿の家で
椿は、偶々重傷のこさめを見つけて
焦って家に連れて手当してくれたらしい
優しいな、って勝手に思った
椿は、病で両親を亡くしたらしく
身内も誰もいない、と言っていて
じゃあ、とそのまま流れで拾った子
今では、雨乃恋沙愛の側近として、
立派にこさめのことを支えてくれている
雨乃家に帰ると、物凄く喜ばれた
生きていらした、と泣かれた
すぐ、元服させられて
同時に当主になった
あれだけ長く結いていた髪も
綺麗に切り落として仕舞った
でも、本当は彼処で死ぬつもりだった
だって、らんくんには生きてほしいから
自由に、何にも縛られずに、
笑顔で、生きてほしくて……
なら、雨乃家そもそも、なくならないといけない
じゃないと、らんくんは優しいから
ずっと、雨乃家に縛られちゃう
桃葉が逃げ出した、と報告を受けたから
こさめは、心の底から安心した
だって、もうらんくんは自由なんだし
もう……こさめたちのせいで、
ここに縛られることは無いだろうから
でも、だからこそ
こさめは、今自分がやらなければいけない
当主としての責務を全うしなければならない
これ以上、大切な人を危険に晒さない為に
これから、大切な人をそんな目に合わせない為に
椿は、こさめの言ってる意味を汲みとったかのように
そう、ふわりと笑った
まるで、感謝をするかのように
感謝なんて、と思いながらも心の中で受け取ったとき
ふと、最近雨乃で流れている噂を思い出した
そう、それは内通者の存在
世間一般で隠されていたこさめのことを
宵月は元から知ってたかのように感じた
そうでなければきっと、こさめのいた寺まで
辿り着くことなどないのだから
今回それを知っていたのは雨乃の人間のみ
つまり、そこに内通者がいるのでは、ということだ
椿はその時、雨乃に居たわけでは無いけれども
そんな椿でさえも、詳細は知っているそうで
戦が終わったばかりではあるのに、
今もう既に、四面楚歌の状態らしい
自嘲気味に、そう笑う
けれども、此れは本心からの言葉だった
宵月に一度負けている、
既に戦力も削ぎ落とされている
その状態でもう一度戦って、勝てる筈が無い
なら、きっともう直ぐ、こさめも死ぬのだろう
……死んだら、どうなるんだろうな、
神様に何かされるのかな、
なんて呑気に思っていると、
そんなこさめを引き止めるかのように
椿が口を開いた
そう言って、椿はまた微笑む
こさめの言ってほしいことを、言ってくれる
当主になって、嫡男のこさめの人格は捨てた
当主の、雨乃恋沙愛の人格に、移した
口調も、思考回路も、全部変えた
そうじゃなければ、耐えられない
でも、そんなこさめでも、そう言ってくれる椿が
こさめは、なんとなく嬉しく思えた
そう言って、そっと頭を撫でると
椿は驚いた後、また微笑んだ
今度は、少しだけ……困ったように、
其れと、申し訳なさそうに
椿がそう呟いたらその言葉
こさめは、そんな椿の感情に深入りはせず
けれども放っておけるはずなんてなくて
椿の方に近づき、そっと抱きしめて
優しく、椿の頭を撫でた
椿は、驚いたような素振りを一瞬見せたものの
直ぐに、いつものように笑った











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!