影の悪魔の事件の翌日
私は学校へ向かう足が重かった。
怖い。
けれど──アキの言葉が胸の奥で灯り続けている。
思い出すたび、心臓がぎゅっと痛くなる。
それは恐怖じゃなくて、もっと違う何か。
そんなことを考えながら歩いていた時だった。
背中へ吸い込まれるような声。
空気の温度が変わる。
ゆっくり振り返ると──
そこにいたのは、やはり マキマだった。
朝の光を受けて微笑むその姿は、美しくて優しい。
だけど懐に刃物を隠しているような、そんな静かな危険を孕んでいた。
私が小さく問うと、マキマは穏やかに目を細めた。
その言い方はまるで、家族か、大切な恋人に向けるような声色。
私の心を包み込むように柔らかい。
でも──
その“柔らかさ”こそが恐ろしい。
マキマは私の頬にそっと手を触れた。
逃げようと思ったのに、身体が動かない。
…また……これ...
前にも感じた。
マキマに触れられると、身体の力が抜けてしまう。
マキマは私の手を包み込むように握った。
その瞬間、心臓が跳ねる。
特別。
その言葉は甘い。
けれど、その甘さが罠のように感じた。
マキマは私の頬をじっと見つめ、微笑んだ。
「だから私は、あなたを守りたい」
声は優しいのに、逃げ道を塞がれるような圧。
次の瞬間──
不意に、マキマは私の耳に唇を寄せた。
息がかかる距離。
囁きが耳の奥で震える。
マキマは私の手を離すと、ゆっくりと背を向け、歩き出した。
しかし数歩進んだところで、またこちらを振り返る。
その瞳は、優しく笑っているのに、
どこかで私を囲い込む檻のように見えた。
私の胸に、
甘いようで苦い、説明できない感情が刺さる。
…どうして……私なんかを...
その日の校舎はやけに静かで、
どこかから赤い瞳が私を見ているような気がした。
私はまだ知らない。
マキマの“特別扱い”は、
優しさではなく──
私を自分の掌に乗せるための 最初の鎖 だということを。
そしてその鎖は、
ゆっくり、ゆっくり、
私の心に絡みついていく。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!