自分はその不安のために夜々、転輾し、呻吟し、
発狂しかけた事さえあります。
自分は、いったい幸福なのでしょうか。
太宰治『人間失格』
一瞬、空気が固まる。
私の異能は反異能、欧米にも居ない誠に希少な異能です。
ですので、私の異能を求め家を襲撃される事が日常でした。
母や父…兄も、身を呈して私を守ってくれました。
ですが、当然追い返そうと思えば多少なり怪我をするもので。
兄は常に何処かに擦り傷が有ったし、母は足に包帯が。
父に至っては片腕を骨折してしまっていました。
私は、気づいていました。家族が、私を守ろうとして
傷付いていることに。
屹度、家族も私が気づいている事を知っていたのだと思います。
今は、私等放っておいて其処等で死なせておけば良かったのだ。
と何度も思います。ですが、それは過ぎた話。
……嗚呼、彼の日も、襲撃犯が襲い掛かってきました。
【津島家 リビング】
そう言って修治の兄が見せたのは、一冊の推理小説。
兄の話に依ると、探偵の主人公が犯人を言い当てる前に
予想を立てて、爽快感を倍にしたいのだとか。
そうして、本が兄から私の手に渡る…筈だった。
衝撃で手に本が届く事は無く、床へ落ちた。
ガシャーーーーーンッ!!!!
激しい轟音と共に、家が大きく揺れる。
私に手を差し伸べた兄の手は、擦り傷だらけだった。
嗚呼、止めて下さい。私など放っておいて下さい。
何故判ってくれないのかしら。……否、もしかすれば
私が判っていないのでしょうか。
でも、貴方が其の手を取ったなら、眼の前の家族は
更に怪我をします。手をはたき落とせば良かったのです。
手を弾いて、拒絶して…「私の事は放っておいて」と
口にすれば、彼等が最悪な事に巻き込まれなくて
済んだ可能性も有ったというのに。
___私は、何処迄も臆病者でした。
【津島家 廊下】
タッタッタっ…と一定の韵律で廊下を駆ける3人の少年。
三人が廊下を走って移動していると、
目的地(用餐)の方から高い悲鳴が鳴り響く。
修治が続きの言葉を紡ごうと口を開いた瞬間だった。
ドガッ!と激しい音を立てて、数歩先の扉が内から蹴破られる。
其の音の発生源は、____用餐。
思わず、全員が足を止める。
開いた扉からゆらりと覗いた巨大な人影が、
明確に姿を現し修治の眼の前で止まる。
声を掛けられた修治は、答えることも逃げることもせず、
只其の場でカタカタと身体を震わしている。無理もない。
其の男が、返り血に塗れていたからだ。
不敵な笑みを浮かべながら、男は右へ3歩程ずれた。
其処には、想像を絶する悲惨な光景が広がっていたのだ。
脇腹から大量の血を噴き出し倒れる母に、必死に呼び掛ける父。
目から光が消えた母の目を見た修治は、体を固める。
兄の言葉を聞いた男は、フッと柔らかい笑みを浮かべ乍、
光を放つ拳を握りしめ______
銃弾を“2発”放った。
【????】
眼の前が大好きな人達の血と其れを焼く炎で真っ赤に染まった。
如何しようも無く辛くて、悲しくて……涙が溢れた。
彼れから、もっと辛いことが起きた。
自分の身体から、止め処無く溢れる、血。
至る所に付いた濃い痣、家族を思い出させる嫌いな包帯。
拘束具は、錆が付いていて肌に擦れて迚も痛い。
初めは、痛くて痛くて苦しくて、だから泣いたし抵抗した。
でも、此れも全部僕の所為なんだ、って…そう考えると、
抵抗するだけ無駄だと思った。
抵抗したって、どうせ余計痛くなるだけだし、
其れに、僕は人間の資格の無い失格者だから。
泣くのが無駄なら、泣かないようにすれば良い。
痛みを感じるのが無駄なら、痛みを遮断すれば良い。
そう、“津島修治”など、殺してしまえば良いのだ!
____其の日、僕は初めて殺人を犯した。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!