撮影が休みの日。
朝、目が覚めた瞬間から胸がそわそわしていた。
(……今日、会えるのかな。)
昨日の帰り道、
松村さんはこう言った。
“名前はつけません。
でも、隣にいたい気持ちは隠しません。”
その言葉が、
ずっと胸の奥で温かく残っていた。
スマホが震える。
――松村北斗
「今日、少し会えませんか。」
胸が跳ねた。
(……やっぱり。)
すぐに返信する。
「はい。大丈夫です。」
送った瞬間、
心臓がうるさくなる。
約束の時間。
少し早めに着いたカフェの前で待っていると――
「おはようございます。」
振り返ると、
松村さんが立っていた。
「おはようございます。」
そう返すと、
彼は少しだけ照れたように笑った。
「……会いたかったです。」
胸が一気に熱くなる。
(そんなこと、普通に言う?)
でも、嫌じゃなかった。
むしろ、嬉しすぎて息が詰まりそうだった。
窓際の席に座ると、
松村さんは自然に隣に座った。
向かいじゃなくて、隣。
(……近い。)
でも、不思議と自然だった。
「休みの日に会うのって……
なんか新鮮ですね。」
「はい……
ちょっと緊張してます。」
正直に言うと、
松村さんはふっと笑った。
「俺もです。」
その笑顔が、
胸の奥にじんわり染みていく。
コーヒーが運ばれてきて、
少し落ち着いた頃。
松村さんが、
ゆっくりと口を開いた。
「……昨日、言いましたよね。
名前はつけないって。」
「はい。」
「でも……
名前がないままでも、
過ごす時間が欲しくて。」
胸が跳ねた。
「仕事じゃない時間に、
話したいと思ったのは……
初めてなんです。」
(……そんなふうに言われたら。)
胸が熱くなる。
「だから今日は……
ただ一緒にいたかっただけです。」
その言葉は、
告白よりもずっと優しくて、
ずっと深かった。
カフェを出て、
駅まで歩く。
夕方の風が心地よくて、
沈黙も優しかった。
駅の前で立ち止まると、
松村さんが小さく言った。
「……今日は、
本当に来てくれて嬉しかったです。」
「私も……
すごく楽しかったです。」
そう言うと、
松村さんは少しだけ息を吸った。
「じゃあ……
また会ってくれますか。」
胸が跳ねる。
「……はい。」
その瞬間、
松村さんは静かに笑った。
「じゃあ……
この関係、
もう少し続けさせてください。」
名前はない。
でも、
確かに“特別”だった。
(……このままでもいい。)
そう思った瞬間、
胸の奥がふっと温かくなった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!