俺の親は俺を嫌った。
バカで物覚えが悪くて怪我ばっかして。そんな子どもだったからお母さんもお父さんも嫌いになったんだろう。
良い子でいようとしてもいつもなにかに怒って俺にぶつけてくる。
ちゃんと良い子でいても怒られるならここにいたくない。
そう思った俺は家出をした。
俺を追いかけてくることはないと思ったから適当に歩いていた。
親戚もいない俺はどこにも行くあてがなかった。
そんな時1人のお兄さんに話しかけられた。
お兄さんは俺の手を引いて歩き始めた。
手を繋いでもらったことがなかった俺は嬉しくて、なんの違和感もなくついて行った。
それがいけなかった。
ちゃんと俺に危機感というものがなかったから。
悪いものを知らなかった俺はこれが罠だとは気づかなかった。
そこからは地獄の日々だ。
お兄さんは朝から夜まで仕事でいない。その間俺は1人部屋で待っている。外に出られないように鎖を付けられて。
お兄さんが帰ってきてからが地獄の始まり。
どんなに夜が遅くてもお兄さんは俺を求めてきた。
ソウイウコトに経験も知識もなかった俺はただただ辛かった。
ご飯は家よりはもらえたが、ここもそんなに対して変わらない。空腹の中、下からお腹に向かって突き抜ける衝撃と痛みが俺を苦しめていった。
いつしか俺は考えることをやめた。
こういう人生なんだと思った。また逃げてもまた違う人に捕まる。もう人が信じれない。
疲れた。
そんなある日、いつものようにぼーっと窓から見える外を眺めてたら外から騒がしい音がした。
その音は段々近づいてきて、ついに家の中に入ってきた。大人数の大きな男の人たちとボコボコにされたであろう鼻血を出したお兄さんがいた。
男の人たちは俺に付いている鎖を外して、「もうお前を苦しめるものはない。ここから逃げろ。」そう言った。状況が分からなかった俺はただ困惑した。
すると、横で倒れていたお兄さんが俺に包丁を向けて男の人たちを脅し始めた。
なにも分からないけど、どうでもいいと思っていた俺は抵抗もなにもしなかった。
ぼーっと包丁を眺めていたら、俺を脅していたお兄さんが倒れた。そちらに視線を向けると血を流して倒れていた。
男の人の手には拳銃が握ってあった。お兄さんは殺されたんだと分かった。
俺も殺されるのだろうか、やっとこの人生が終わるのかと考えていた俺に男の人は俺の肩を持って視線を合わせてきた。
そうして俺は何年ぶりか分からない外へ出た。
気持ちのよい風邪と雨が頬を撫でた。ずっと眺めているだけだったからこんなにも気持ちの良いものだと思わなかった。
ただただ歩いた。
誰かに声をかけられても腕を引かれても、なにかをされそうになったら走った。疲れるまで。限界がくるまで。男の人が言っていた信じれる人が現れるまで。
もうあんな生活はごめんだ。
体を触られるのも、お兄さんが連れてきた女の人の相手をするのも、薬を飲まされるのも、全部全部疲れた。
なにもかも嫌だ!!
歩き疲れた俺は路地裏で座り込んだ。
ここなら人に見つかりにくいだろうし、ゆっくりできると思った。
雨はまだ降っていた。傘なんて持っていない俺にずっと雨が当たっている。
俺の人生最後の景色がこれなんだな、と思った。
でも悪い気はしなかった。
汚い俺の最後が雨で流れてくれるならそれでいい。
やっと·····開放される·····。
だれ?
俺を見て焦った声で話していたのが急に止まった。
なんなんだろう。
そう思っていたら、その人は俺に傘を傾けてくれて雨を塞いでくれた。そして俺に目線を合わせて、
そう言った。
男の人が言っていた「助けてくれる人」はこの人のことだったんだ。
この人ならきっと助けてくれる。こんな俺を救い出してくれる。
人を信じないと決めたのに、この人なら信じてもいいと思える。それぐらい輝いて見えた。
もう独りじゃないんだ·····。
ぼーっとしてる俺に紫耀が話しかけてきた。
出会った頃に比べて随分気を許したと思う。一言も話さなかったのに、今ではスムーズに会話ができる。紫耀に触ることも触られることもできる。
むしろ、紫耀なら触られてもいいとさえ思えてしまう。
紫耀に頭を撫でられるのは好きだ。
暖かいし気持ちがいいし、なにより大事にされていると思えるから。
俺の過去を知ったらどんな反応をするんだろう。
突き放すか、大丈夫と言ってまた抱きしめてくれるだろうか。
まだ話すのは怖い。でも紫耀なら大丈夫だと思える自分もいる。紫耀だけじゃない。ジンも海人も廉も。きっと受け入れてくれる。
でも話すのは今じゃない。まだこの暖かな空間に身を置いていたい。
今はこの言葉だけで十分だ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!