太陽が上り、真っ黒に染まった空は少しずつ明るくなっていく。
初めて迎えた平和な朝。
体は汚れていないし、傷もない。凍ったように冷たい体は、ちゃんと人の体温があった。
起き上がれば、どこも痛くないし、いつもギシギシと悲鳴をあげる骨は音を立てずに滑らかに動く。
いつも迎えていた朝と違ってとても暖かな朝だった。
ベッドの上でぼーっとしていると、なにやらいい匂いが鼻を擽る。
その匂いに釣られてベッドから降りて匂いを辿る。
匂いの発生源はキッチンで調理をする平野だった。
平野は俺に気づくとにこっと笑ってくれた。
俺は平野に指定された場所に座って大人しく待つ。少しして平野がご飯を持って横に座る。
平野に作ってもらった美味しいご飯を食べながら、俺は密かに抱える疑問を考える。
なぜ平野はここまで俺の世話をしてくれるのか、なぜここに置いてくれるのか、なぜ何もしてこないのか。
たくさんの疑問が多い。本当に信用していいのかも分からない。
話してみようと思うけれど、まだ怖くて話すことができない。過去のトラウマが頭に過ぎり、まだ心を開けようという気持ちにはなれない。
平野に対する申し訳なさと自分の不甲斐なさで俺のテンションは朝から落ちていく。
朝ごはんを食べ終えて、2人リビングでゆっくりした時間を過ごす。俺の横で平野は雑誌を読んでいる。俺は特にすることもないので、ただぼーっとして時間を過ごす。前はこの時間が俺にとっての楽しみだった。何も考えずただ空を見ることができるから。けれど、今はなぜかこの時間が気まずい。居心地が悪くて内心ゆっくりすることができない。
俺は静かに寝室に戻ろうとすると、平野が声をかけてきた。
嘘偽りのない本気の言葉。初めて言われた言葉に涙が出そうになる。信用できるか分からない言葉に俺の中にあった何かが崩れようとしている。
信用していいのだろうか。本当に助けてくれるのだろうか。すべて諦めてしまった俺をこの人は救い出してくれるのだろうか。
初めて平野の前で声を出した。平野も初めて聞く俺の声にびっくりしている。だが、すぐに真剣な顔になって
と力強く言ってみせた。
にこっと優しく笑った平野は俺の頭を優しく撫でてくれる。安心する手。ずっと撫でてほしいと思ってしまう。
頭を撫でている手に自分から頭を擦り付ける。
初めて紫耀と名前を呼んだ。紫耀は嬉しそうに笑ってまた俺の頭を撫でてくれた。
ただ1人で空を見上げていた時間は、紫耀と2人で過ごす時間へと変わった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!