桜の花が徐々に散り始め、春の温もりにかすかに初夏の気配が混じり出したころ。
藤宮蓮と篠原紅葉の“仮面の関係”は、表面上は順調に進んでいるように見えた。
教室では隣の席で自然に会話を交わし、昼休みは屋上でふたり並んで過ごす。
放課後には一緒に帰る姿も見られるようになり、クラスメイトたちも最初の驚きこそ和らげたものの、なおもその関係に疑問を抱いている者は少なくなかった。
――中でも、ある人物が。
放課後の教室で、蓮に声をかけてきたのは市川 悠翔(いちかわ ゆうと)だった。
明るい性格と人懐っこい笑顔で誰とでもすぐに打ち解けるムードメーカー。
だが、蓮は彼の瞳の奥にわずかな棘を感じた。
蓮は肩をすくめてとぼけた。
嘘を隠すときは、真実のように言う。
真実を隠すときは、嘘っぽく言う。
それが、彼の処世術だった。
市川は少し笑ったが、その目は笑っていなかった。
そう言って去っていった市川の背中を、蓮はじっと見送った。
*
その日の夜。
蓮はベッドに寝転びながら、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。
『柊ヶ丘学園・非公式掲示板』
そのタイトルの下には、生徒たちによる書き込みがずらりと並んでいた。
【恋バナ】篠原紅葉が男子と付き合ってるってマジ!?
【速報】氷の女王に春到来か?相手は転校生・藤宮
【真偽不明】演技って噂もあるけど、どうなの?
――やっぱり、そう簡単には終わらせてくれないか。
蓮は画面を閉じ、天井を見つめた。
自分の言動が、彼女にどんな影響を与えているのか。
たとえ“演技”でも、傷つける可能性がある以上、考えなしには動けなかった。
そのとき、スマホが震えた。
画面には、紅葉からのメッセージ。
「明日の昼、図書室。話したいことがある」
蓮は「了解」とだけ返して、スマホを伏せた。
胸の奥に、小さなざわめきが広がっていた。
*
翌日、昼休み。
静まり返った図書室の一角に、紅葉はすでに座っていた。
制服の赤いブレザーが、古びた本棚の茶色と妙に対照的で、彼女だけが時間から切り離された存在に見えた。
紅葉は机の上のノートを閉じ、まっすぐ蓮を見た。
蓮は驚いたように眉を上げた。
そんな話は転校してから初めて聞いた。
蓮は静かに溜息をついた。
その遊びに“本気の気持ち”が混じったとき、人は簡単に壊れる。
ましてや、紅葉のような繊細な人間が巻き込まれるのは――危険だ。
蓮がそう言った瞬間、紅葉の目がわずかに揺れた。
紅葉のその言葉には、何かを守ろうとする必死さがあった。
だから蓮は、それ以上は何も聞かなかった。
*
その日の放課後。
蓮と紅葉が一緒に下校していると、廊下の陰から市川がふたりを見つめていた。
その視線は、静かで、けれどどこか……冷たかった。
彼の手元のスマホには、ある画面が表示されていた。
【ライアーゲーム:注目カップルランキング】
第1位:篠原紅葉 × 藤宮蓮
投票数:上昇中
市川の口元が、わずかに歪んだ。
そして、静かにスマホを閉じると、足音もなくその場を去っていった。
その背後で、まだ“本当の戦い”が始まったことに、当事者たちは気づいていなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。