黒尾side
少し落ち着きを取り戻したのか
あなたがふとした疑問を口にする。
あんなに怯えきっていたさっきよりはマシだが
それでもどこか「他人行儀」なその響きが
やっぱり胸の奥をチリつかせる。
努めて軽いトーンで答え、
俺はあなたの側を離れて備品棚へと向かった。
棚をガサゴソと探りながら
適当な独り言をこぼす。
目当てのテーピングを掴み、指先に引っ掛けて
振り返ろうとした、その時だった。
ガララッ
少し立て付けの悪いドアが
遠慮のない音を立てて開く。
そこに立っていたのは、スマホを片手に
不服そうな顔をした研磨だった。
案の定、練習を止めたくない夜久の殺気を
感じ取った猛虎に、背中を押されて来たんだろう。
言いかけた研磨の視線が、俺を通り越して、
ベッドに座っているあなたに止まった。
研磨の目が、わずかに大きく見開かれる。
幼馴染としての時間を疑わない研磨は
いつもの距離感で不思議そうにあなたを見つめた。
あなたが、弾かれたように
目を見開いて固まっている。
顔色はそこまで変わっていないが
伏せられた髪の隙間から見える耳の付け根が
熱を帯びたように赤くなっていく。
研磨が来たことに驚いているのはわかるが
その動揺の仕方は、ただの「再会」にしては
あまりに大きすぎる気がした。
研磨が動くたびに、あなたは過剰なほど
ピクッと肩を揺らしている。
あなたは慌てて首を振ったが
その様子はあからさまに不自然だ。
何かを察したのか、研磨はあなたの顔を
じっと覗き込んだ。
研磨の無言の圧力に耐えきれなくなったのか
あなたがキョドりながら自分の顔をペタペタと
触り始める。
泳ぎまくる視線に、落ち着きのない指先。
研磨が何かを言おうと
ゆっくり口を開きかけた_________その時だった。
ドォォォォォンッ!!!!
突然、体育館の方から、心臓の裏側を
直接殴られたような、凄まじい轟音が響いた。
思わず身を固くし、俺は咄嗟に身を乗り出して
あなたを庇うような体勢を取る。
微かに悲鳴に近い部員たちの
叫び声が聞こえてくる。
大きく見開かれた瞳が、音のした体育館の方角を
ただ呆然と見つめている。
あなたの声は、さっきまでの動揺が嘘のように、
静かに、そして絶望的に響いた。
おにぎりを握りしめたまま
その顔から一切の血の気が引き
まるで真っ白な石像のように固まっている。
俺は手に持っていたテーピングを放り出し
即座にドアへ向かった。
・
廊下を全力で駆け抜け、
体育館の重い扉を蹴破るようにして開ける。
体育館の中は、
異様な静寂と白い埃に包まれていた。
倒壊した備品棚。ひしゃげた得点板。
床に散乱したボール。
その惨状の真ん中で、
稲荷崎の主将である北信介は
驚くほど冷静だった。
北の声は、荒ぶることもなく
かといって冷徹すぎることもない。
揺るぎない落ち着きが
パニック寸前だった部員たちの心を
無理やり現実に繋ぎ止めていた。
北は周囲の状況を的確に把握し
一人一人の顔を見て指示を出す。
その毅然とした立ち振る舞いに
稲荷崎の連中だけでなく
うちのリエーフたちまでもが
「あ、はい!!」
と吸い寄せられるように避難を始めた。
.........しかし、全員が北のように
振る舞えるわけではない。
木兎が大きな体を揺らしながら、
見たこともないほど困惑した表情で
右往左往していた。
普段の「ヘイヘイヘーイ!」
という勢いはどこへやら
予期せぬ事態に完全に思考がショートしている。
その隣で、赤葦が木兎の腕をしっかりと掴み、
淡々と、けれど粘り強く彼を宥めていた。
赤葦自身の顔もわずかに強張ってはいたが
暴走しそうなエースを繋ぎ止めるという役目が
彼を辛うじて冷静にさせているようだった。
さらに体育館の奥では
監督たちも血相を変えて動いていた。
各校のコーチや監督の鋭い声が飛び
部員一人一人の顔色を見て回っている。
自分の教え子がどこで何をしていたか
怪我はないかを血眼になって確認する姿は
まさに戦場のような緊迫感に包まれていた。
周囲を見渡すと、奥の方にメンバーの姿が見えた。
俺はそんな大人たちの横をすり抜け
埃を被ったコートを横切って
真っ先にうちのメンバーの元へ駆け寄った。
俺の怒鳴り声に、ようやく埃の中から現れた海が
服の汚れを払いながら答える。
海の両肩に手を置くと
俺の目をまっすぐ見て、力強く頷く。
その確信に満ちた言葉を聞いて
俺はようやく、
肺の奥に溜まっていた熱い息を吐き出した。
顔をあげるとその奥には無残に倒れた棚の影_______
体育館の裏口へ続く非常扉が、
ほんの数センチだけ開いているのが目に入った。
(……誰か、いたのか?)
部員たちは全員、
避難指示に従ってコート側に固まっている。
俺は吸い寄せられるようにその扉へ近づき、
隙間から外を覗き込んだ。
視界の端、校舎の曲がり角に消えていく
スポーツウェアが、ほんの一瞬だけ見えた。
(誰だ? マネージャー...........でもねえよな、)
背後から海が怪訝そうにこちらを見ていたが
俺はすぐに答えることができなかった。
開いた扉の足元、その床に鮮やかな赤色の血痕が
数滴落ちていたからだ。
さらに、扉の取っ手付近には、
鋭い傷跡が残っている。
(...................もしかしたら誰かが意図的に、
この場所で事故を起こしたのか?)
何より、俺の頭から離れないのは、
今しがた角を曲がっていったあの後ろ姿だ。
一瞬しか見えなかったが
あの配色のジャージには見覚えがある。
(...............あのジャージ……。稲荷崎高校か……?)












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。