第2話

大事なこと。
1
2026/04/19 06:22 更新
お題: 屋上、未送信、ラムネ
からんころん。
ビー玉が転がる。
昔、夏祭りで買ってもらったラムネの中のビー玉が宝物で、いつの間にかお守りみたいになってた。
ころころと転がるビー玉は僕の運命をランダムに導く。
今、転がるビー玉を見失った僕は、どこに行けばいいのだろう?
 
 
 
はぁ。
僕は屋上で、スマホを眺めている。
その画面に写っているのはある人とのトーク画面だ。
文字がテキストボックスに打ち込まれているだけ。未送信のまま放っておかれている。
月城 蒼(つきしろ あおい)
もういいや。
僕は考えるのもめんどくさくなりスマホをポケットに入れる。
月城 蒼(つきしろ あおい)
さむっ。
10月も下旬。今日は特に風が強いから寒いのなんて当然だ。
風邪をひいても厄介だからもう校内に戻ろう。
そう思った時だった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
ねぇ。こんな所で何してるの?
最初はあまりに強い風のせいで気のせいだと思った。
それが彼女との出会いだった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
ふーん。月城 蒼か。つっきーかな?
月城 蒼(つきしろ あおい)
つっきー?!
橘 紬(たちばな つむぎ)
冗談だよ。月城くん。これからよろしくね。
月城 蒼(つきしろ あおい)
うん、よろしく。橘さん。
橘さんはあの日から毎日屋上に姿を表すようになった。
流れで話しているうちになんとなく仲良くなった。
橘さんはどうやらあまり教室には行けていないようだった。
かく言う僕もあの一件から人間関係がかなりだめになってしまい、教室には全然行けていないのだけど。
学校という社会から外れているような僕らふたりは不思議なくらいに波長があった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
月城くんは勉強できる方?
月城 蒼(つきしろ あおい)
いや、どうだろう。昔は苦手じゃなかったけど、最近はテスト受けてないから。
橘 紬(たちばな つむぎ)
なるほどね。まぁ私よりは頭いいと思うけどね!笑
月城 蒼(つきしろ あおい)
そうかな。橘さんこそ勉強できそうだけど。
橘さんは明るすぎないおちゃらけ方をする。それが気を遣わせない言い方で僕は思わず感心する。
かと言って無言も気まずくはなく、お互い良い関係なのだと素直に思えた。
 
 
ある日、彼女は唐突に聞いてきた。
橘 紬(たちばな つむぎ)
あれ、その袋なに?中身、ビー玉?
僕がキーホルダー代わりにつけている袋のことだった。
月城 蒼(つきしろ あおい)
そう。小さい時からの宝物。
まだ思い出すのには抵抗がある。顔を顰めていないか不安だ。
橘 紬(たちばな つむぎ)
ふーん。随分大事にしてるんだね。
彼女はそこで口を閉ざした。
僕は内心ホッとした。
ある日、僕が屋上へ行くと、橘さんが先に来ていた。
いつもよりかなり早いな、と思いつつ声をかけようとした。
直前で彼女が体を丸めて、静かに、泣いていることに気がついた。
少し迷ったが声をかけてみた。
月城 蒼(つきしろ あおい)
橘さん、、、?どうかしたの?
橘 紬(たちばな つむぎ)
お母さんが、、、学費払えないからもう学校やめろって、、、、、、!
僕はどうすればいいのか分からなかった。
自分の中の慟哭に気づかないふりをするのに精一杯だった。
彼女はそんな僕の様子をどう思ったのか、話を続ける。
橘 紬(たちばな つむぎ)
ろくに勉強してる訳でもないのに、お前なんかに払う金はないって、、、、、、。私、もうここに来れないかもしれない、、、!
ダメだ。そんな感情は。今ここで持っていい感情ではない。
静まってくれ。怒りよ。そんな僕の理性とは裏腹に感情はみるみるうちに膨らんでいった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
お母さんなんて、、、。あんなお母さんならいないほうが100倍良かった!あたしの人生お母さんのせいでぐちゃぐちゃ!!
月城 蒼(つきしろ あおい)
ふざけんなよ!!!
僕の怒声が響く。
彼女は急な大声に驚き、これらをキョトンと見つめている。
月城 蒼(つきしろ あおい)
なんでそんなこと言えるんだよ!どんなお母さんでもいるだけまだマシだろ。もっと考えて発言しろよ!
橘 紬(たちばな つむぎ)
そ、んな、、、。
橘 紬(たちばな つむぎ)
なんでそんな事言うの!よく考えて発言しなきゃいけないのは月城くんの方だよ!
そう言い残すと彼女は自分のバックをひったくって帰ってしまった。
それから3日間。橘さんには会えなかった。
今まででいちばん長い、地獄のような3日間を僕は自分を責め続けて過ごした。
もう会えないのかと、自分のした事を後悔するばかりだった。
4日目、彼女は唐突に現れた。
僕は色んな言葉が頭を駆け巡り、何を言えばいいのか分からなかった。
やはり、最初に口を開いたのは橘さんだった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
ねぇ。話、しに来た。
月城 蒼(つきしろ あおい)
うん、あの、、、、、、ごめん。
出てきたのはシンプルな言葉だった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
あの、私、あの時すごく苦しくて。お母さんの話、少し聞いてくれない?
月城 蒼(つきしろ あおい)
僕でいいなら、もちろん。
断る理由も資格もない。
橘 紬(たちばな つむぎ)
お母さん、昔から浮気してて、それにお金使うから私は教材もあんまり買って貰えてなくて。お父さんは私が小さい時にお母さんに呆れて家を出てって、それからもう一度も会ってないの。
彼女の手は震えていた。
僕にはその手を握って安心させることなんて出来なかった。
代わりに自分も話をすることにした。
月城 蒼(つきしろ あおい)
そっか、、、。大変なんだよね。想像出来なくてごめん。

だけど、僕の話、聞いてくれない?
橘 紬(たちばな つむぎ)
わかった。
僕があまりに真剣な表情をしていたからか、彼女は覚悟したようにうなずいた。
僕は堰を切ったように話し始めた。
両親が1年前事故で同時にいなくなったこと。
親戚は僕を引き取りたがらず、今は施設にいること。
両親の葬儀で僕を押し付け合う親戚の姿を見てから、もう何も信じられなくなったこと。
月城 蒼(つきしろ あおい)
ごめんほんとに。あの時あんなこと言わなきゃ良かったって何回も思った。
橘 紬(たちばな つむぎ)
もういいよ。ある程度気持ち切り替えられたし。月城くんも辛かったんだよね。
あまりに優しかった。彼女は優しすぎた。
月城 蒼(つきしろ あおい)
ダメだよ。優しすぎる。もっと僕を叱ってよ。
橘 紬(たちばな つむぎ)
えー、じゃあ、こうしよっかな?
橘さんは少しいたずらっ子のような笑みを浮かべてこちらに近づく。
橘 紬(たちばな つむぎ)
えいっ!
瞬間、額に強い痛みが走る。
デコピンだ。
月城 蒼(つきしろ あおい)
いたっ。
橘 紬(たちばな つむぎ)
これでもうチャラね。
月城 蒼(つきしろ あおい)
わかった。
橘 紬(たちばな つむぎ)
じゃ、また今度!あおいくん!
僕は驚きを隠せなかったが、それでもしっかり呼んだ。
月城 蒼(つきしろ あおい)
うん、また。つむぎちゃん。
照れ隠しのように走り去っていった彼女を見て少し頬が緩む。
 
そうだ。
ひとつ途中のことがあった。
僕は急いでスマホのトーク画面を開く。
ある人とのトーク画面ーーそれは母さんとのトーク画面だった。
事故の直前、面倒くさがって送らなかったメッセージ。もう、既読がつくことはなくなった。
でも。
何が変わったのか分からない。でも、なんとなく今ならできる気がした。
彼女と出会った事で、大事なことに気がつけた気がした。
揺れるビー玉はいつだって僕のすぐそばにいる。
僕は送信ボタンを押した。
 
 
『いつもありがとう。今から帰るよ。』

プリ小説オーディオドラマ