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第4話

自解釈escape医者組、出会い編#3
86
2025/02/01 23:35 更新
⚠not腐
付き合ってません、そして今後も付き合いません


まずは一旦、この状況を整理しよう。
きりやんはそう深く息をつく。

ここは高校の屋上。
自分たちはちょうど他の校舎から死角になる影にいるので、奇異の目を全校から向けられた後に教師陣につまみ出される、というきりやんが恐れた最悪のシナリオには今のところ陥っていない。

ここはちょうど日陰であるし、時折秋らしい爽やかな風が吹き抜けるので少なくとも熱中症の心配はなさそうだ。だけれどさすがの残暑を和らげるにはそれらも不十分で、互いの頬や制服が汗でじっとりといやに湿っていた。

それでも2人がこの場から動かない理由。

もう一度、視線をそっと脇に振ってみる。
途端、目に飛び込んでくるnakamuの小さな頭。
気まぐれな冷風でなびく長い前髪が今のこの光景が現実であると知らしめているようでめまいがする。

彼はぬるいコンクリの床に脚を投げ出し、きりやんの肩に頭を載せて、さも気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。



あの後、どうして屋上に足を踏み入れてしまったのかは今となってははっきり思い出せない。
ただゆだりそうな暑さから少しでも解放されたかったのかもしれないし、あまりに行動が突飛な彼がそのまま無邪気に飛び降り自殺でもしてしまいそうで直感的に危うく思ったのかもしれない。

そこは第2校舎に遮られちょうど大きな日陰ができていた。ふと空を見上げると、雲ひとつなく澄んだ空色がどこまでもどこまでも広がっていて。
そうぼんやりしている間にもnakamuはこちらなどお構いなしにその日陰の一角に腰を下ろしてレジ袋の中身をガサゴソし始めている。
慌ててその隣に座り、水筒をひねり残った麦茶を一気にあおった。やはり暑いし、無性に喉が乾くのだ。自分はこんなに暑がりだったか?チラリとnakamuの方を見やったが、彼はやはりこちらには目もくれず涼しい顔でコンビニの大きなメロンパンを開けようとし ていた。

その様子になんだか近寄り難いものを感じる。

「なんで屋上に呼んだのさ」
となんてことのない質問をすると、彼はただ

「なんか、面白いじゃん」
とだけを言ってのけた。
ひどくそっけなく、1+1=2じゃん、くらい当たり前のことを言う口調で。
常識離れした、何も理解できない感覚の持ち主……自分が今、今まで接してきた人たちとは全く毛色が違う人間と対峙している事をひしひしと感じる。不気味ですらある、明らかにおかしい、ヤバい人とおかれる人種であるはずなのに、それを前にして鼓動が高鳴る。頬が熱い。

状況と感情がぐるぐると混ざって、ふいにきりやんの中で超自然的な爆発が起こった。
聞きたいことが不思議にとめどなく溢れ出てきて、口が思考を追い抜いていく。

「…この間の発表、すごかったよ」
「そ?ありがと」
「うん、面白かった。すっごく」
「そっか」

「……それでさ、授業中いっつもなんで寝てんの?」
「ねむくなるの」

「いつも夜寝てんの?」
「まちまち」

「授業ってさ、聞かなくて大丈夫なの?」
「大丈夫」

「あっと、それでさ、
「ねぇ」

矢継ぎ早に続いたきりやんの思考と質問は、nakamuの問いかけによってぴたりと停止する。

「どっちなの」

「……え?どっちって、何が、」
しまった、質問責めが過ぎたか。失敗した。機嫌を損ねてしまったらしい。そりゃあそうだ自分だってああされたらめんどくさい。一体どうしてしまったんだ、クラスの頭良い枠!
未知の存在を前に、子供の頃に花瓶を割ってしまった時のような嫌な気持ちが胸を満たしていく。
正直に謝らなかったら怒られるし、謝っても怒られる。何を選んでも残るのはぐしゃぐしゃの後悔……
きりやんは必死に返答を考えた。
どこかで冷たく自嘲する自分がこっちを見ている。
ツクツクツクツク……と鳴くセミが思考に介在してくるような錯覚に陥る。
所在不明の手が胸の前で挙動不審になる。

あぁ、やはり俺は、nakamuとは、

「怒るんだったら早く言って、泣かないから」

その一言でハッと我に返る。ネガティブ思考の沼から上がって彼の方を見やると、天上に高く晴れ渡る空よりも深い空色が、ただじっとこちらを見つめていた。

「……? 別に怒らないよ、ただ話したかっただけで」
「……そ」

「どっち」の意味を聞き返すのも忘れ本心からそう返したら、一瞬、ほんの一瞬だけ彼の口元が小さく緩んだように見えた……のは、こちらの都合のいい幻想だろうか。

張り詰めた心が少しぬくもった事で、ふいに自分がまだ弁当をほどいていないことに気づく。
これはいけない、早く食べないと昼休みが終わってしまう。慌てて巾着をほどきながら、またnakamuに話しかけた。

「……それで、さ、質問責めにしちゃって嫌だった?ごめんねー、あの発表がほんと面白くて、ずっと話してみたいなーって思ってたんだよ……」

……返答がない。
やっぱり、怒っちゃった……?
心の中の感情の壺はまた不安で満たされていく。
でも、どんなに今日が最悪な昼休みでも、とりあえず弁当は食べなければ。

きりやんの肩にふいにズシリと重みが降りたのは、そんなことを考えていた時だった。

驚いてその方を見やる。そこには、さも初めからここを予約してましたよとでもというように、すっぽりと収まりよくnakamuの頭があって。
瞼を閉じて、肩に預けた全身がくたりと脱力している。
この短時間で眠ってしまったらしい。

彼の長いまつ毛が気まぐれな秋風でなびいた。

屋上で2人。まるでnakamuと世界に二人きりで取り残されてしまったかのような錯覚に陥る。
どうしたんだこんな急に、とか、男子高校生同士でこういうのどうなの、みたいなそういう思考を全てスッとばして、
眠り姫みたいだな、
と、ただ間抜けにそう思った。



いつまでもポエマーみたいな事を考えてもいられないもので、それから大急ぎで弁当を食べたものの、隣の彼は食べかけのメロンパン片手にただ快適そうにスヤスヤ寝ているだけだ。

そろそろ授業が始まる時間であるはずなのに、起きる気配はまるでない。胸が規則的に上下してなかったら死んでるんじゃないかと疑ってしまうほどに。

その寝顔は幼児のそれに似ていた。
まだ世間の常識も穢れも何も知らない、無垢なる幼児……

肩にのられているところが汗でじっとりと湿る。日の向きもだんだん変わって影も薄くなってきたのもあって、頬からも汗がこぼれ始める。

……それでも。


どこか遠くでチャイムが鳴る。授業というのはこうも簡単にサボれてしまうものなのかと、どこか他人事のようにそう思った。

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