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莉犬視点
いつもと変わらない月曜日。
屋上の階段をゆっくり昇る。空は眩しいくらい快晴で、今からここで飛び降りるのだと思うと、なんだか少し不思議な気分だ。
空から吹く風は少し冷たく、それは今の季節からしたらそれが心地よかった。
フェンスを乗り越えて、向こう側へと足を進める。
いつもは高く聳え立っているように見えていたフェンスが、今はもう低いものに感じた。
きっと、もう1人でも簡単に飛び降りられる。
少しずつ足を進ませると、視界に映る景色が変わっていく。
もう下の地面を見るのも怖くなかった。むしろ清々しい気分ですらある。
____ 誰かに、認められたかったな
そう思った時にはもう、オレの身体は地面へと落ちていてた。
強い風がふわりと服を揺らす。
やがて、オレの意識は途絶えた。
……………………はずだった。
気が付けばオレは森の中に居た。普通の森とは違う、沢山の綺麗な光がオレを包み込んでいる。
ふと辺りを見回すと、そこには大きな館があった。
見た目は大きくて古いが、中は凄く綺麗で整えられている。
「……オレ……死んだはずじゃ……」
背中に当たる日差しが暖かい。感覚はちゃんとある。夢にしてはやけにリアルだ。
オレは助かった……?だけどあんな高い屋上から飛び降りたのだ。助かるはずがない。
それとも、ここは天国だろうか。
「し、失礼しまぁ~す……」
恐怖を感じながらも、恐る恐る大きな扉を開く。館の中は真っ暗だった。
聞こえるのは自分の足音とドクドクと高鳴る心臓の音だけ。
小さい頃からお化け屋敷なんかは大の苦手だった。
この状況で1人になるのがとても心細い。
「……誰か……居ませんか……」
震える足を何とか動かして、館の中を進んでいく。すると、突然誰かに手を置かれた。
「あの……」
「びゃあああああああっ!!???」驚いて声をあげながら後ろに飛ぶ。
恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはオレと同い年くらいの男の人が立っていた。
「あ、電気つけるね」その人がパチンと指を鳴らせば、館の電気が点いた。
「ごめんね、驚かせちゃって」
そう言って男性は微笑む。電気をつけてもらったおかげで彼の顔がよく見える。
紫色の髪と瞳。ちょこんと生えているアホ毛はゆらゆらと揺れていた。
「あ、あの……貴方は……」
「ん?俺?俺は___」
「なーくん!?すっごい叫び声聞こえたけどどしたん!?」彼の後ろからまた人が姿を現した。
彼に続いて複数人の男性が慌てて駆け込んでくる。
「あ、ジェルくん。ごめんね。新しいお客さんがやって来たみたい」「えっ!?ホンマ!?」
ジェルくんと呼ばれた男性はオレを見て目を丸くさせる。
そして、周りに居た男性も次々とオレの顔を覗き込んできた。
「あ、ほんとだ」
「犬耳と尻尾……?コスプレ……?」
「え、えと……」
状況がうまく飲み込めず困惑していると、紫髪の男性は「とりあえず、座って話さない?」と言って、オレの方に手を差し出した。「あ、はい……」
差し出された手を握れば、彼は優しく微笑んでくれた。
紫髪の男性に連れられてきたのは、リビングのような場所だった。アンティーク調の家具が沢山置かれている。
「皆座って?俺は紅茶を用意するから」紫髪の男性がそう言うと、キッチンへと向かった。
オレは1番手前の席に座る。5人はオレを囲うように次々とテーブルに座った。
しばらくすれば、温かい紅茶とクッキーが運ばれてきた。
「はじめまして。俺はななもり。よろしくね」紫髪の男性____ななもりさんはオレに優しく微笑んだ。
「俺はジェル!よろしゅうな!!」
次に声を上げたのは、明るい髪色で長身の男性。やけに元気だ。
「る、るぅとです……」
そして、ジェルくんに続いて口を開いたのは小柄で金髪の男の子。恥ずかしいのか、オレからは目線を反らして居る。
「ころんです!よろしくね。」
ころんくんはそう言ってにこっと笑う。水色の髪と目が特徴的な男の子だ。ずっと腕に手を置いている。
「……さとみ」
ピンク髪に青目のさとみくんはぶっきらぼうに名前だけを告げた。
「ななもりさん、ジェルさん、るぅとさんに、ころんさん、そしてさとみさん……。か、変わった名前ですね…」
「だって、ここでは皆、偽名を使っているもんね」ななもりさんはクスッと笑う。
「え?」
「ここではね、本当の名前を言う必要はないんだよ。キミも偽名を名乗らなきゃね」
ななもりさんはそう言って微笑む。
本当の名前を言う必要はない……。それはオレにとっては凄くありがたいことだけど、なぜそこまでするのだろうか。
「混乱しているみたいだね……。ちゃんと説明するから、安心して?」
「は、はい……」
ななもりさんは優しく微笑んで、ゆっくりと話し出した。
「ここはね、心残りがあったまま自殺してしまった人にチャンスを与えるための世界なんだよ」
「チャンス……?」
「そう。キミは自殺をした事があるんだよね。だから、この場所に迷い込んだんだよ」
ななもりさんはそう言った後、ため息を吐いた。
「これはあくまで俺の憶測ではあるんだけど、この世界から抜け出せる方法を見つけたんだ」
「抜け出せる方法……?」
もし本当に抜け出せるのなら、その方法にすがらない手はない。
「抜け出せる方法はただ一つ。生きたいと心の底から願う事。この世界に迷い込んだ人は全員、何か生きたくない理由があってここに来ているはずなんだ。例えば、いじめとか、家族の問題とか……」ななもりさんは静かに目を伏せる。その目には深い悲しみの色が滲んでいた。
「……この世界に居るのは、生きる意味を失っている人なんだよ。俺も、キミも、ここに居る6人、全員が皆自殺を量った人達なんだ」「そう……だったんだ……」
オレは静かに目を伏せた。
オレは生きる理由を見つける事が出来るのだろうか……。
「それから、この館についてだね。ここは何年も前からある館だけど、誰が立てたのか、誰が住んでいたのかは知らないんだよね。分かるのは、この館が俺たちの生きる理由を見つけるための場所っていうこと」ななもりさんはそう言って、オレに優しく微笑んだ。
生きる理由を見つけるための場所……。だけど……オレなんかが……生きて良いのかな……
その考えが脳裏をよぎり、ぐるぐると回る。「大丈夫だよ」
ななもりさんは優しくオレの手を握る。オレは思わず顔を上げた。
「皆、キミとおんなじで、生きる理由を見つけられずにここに来たんだ。だから、キミは1人じゃないんだよ」ななもりさんのその言葉が優しくて、目頭が熱くなるのを感じる。オレを包み込んでいた不安が少し和らいだ気がした。
「……っ……ありがとうございます……」
小さく呟けば彼はまた微笑む。その笑顔を見ると心が軽くなるのを感じた。
「ねぇ、キミの名前を教えて?」ななもりさんはオレに優しく問う。
そういえば、偽名を使わないといけないんだったっけ
。
「り、莉犬です」嘘の名前を名乗れば、ななもりさんは少し驚いたような表情を浮かべた。「そっか……。素敵な名前だね」
ななもりさんはそう言って微笑む。
オレは、自分の名前を褒められたのなんて初めてだった。
嬉しかったけど、ちょっと恥ずかしくてオレは顔を俯かせた。
「莉犬かぁ、これからよろしゅうな!」
ジェルさんはオレの背中に手を置きながらそう言ってニッコリと微笑んだ。
「ジェルさんも皆さんも、これからよろしくおねがいします!」
そう言うと、ころんさんが少し不満そうに口を尖らせた。
「その敬語とか、さん付けとかいらなくない?ボクの事は気軽にころちゃんって呼んでよ!」
「そうやな。同じ立場なんやし、タメでええんやないの?」
「ぼ、僕もそう思います…」
ころんさんとジェルさんの言葉に、るぅとさんもこくこくと頷く。
「じゃあ…ジェルくん、さとみくん、るぅとくん、ころちゃん、なーくん…?これで良い……?」
「……!うん!よろしくね!莉犬くんっ!」
ころちゃんはにっと歯を見せて笑った。それを見たなーくんは少し安堵したような笑みを浮かべる。
「よかった。皆ともうまくやっていけそうだね」嬉しそうに話す彼を見て、オレもつられて笑みがこぼれる。
「ほら、さとちゃんも!新しい仲間やって来たんやからちゃんと挨拶せな」
ジェルくんがそう言えば、さとみくんは不機嫌そうな表情を浮かべながらこちらを見た。
「え、えっと…さとみくん、よろしくね?」
「…俺は馴れ合うつもりないから」
彼はそれだけ言うと、そっぽを向いてしまった。
「相変わらずやなぁ…莉犬、さとちゃんはあまり人と関わらない性格なんよ。でも、根は優しい奴やから安心してな」
ジェルくんが困ったように笑いながら言う。
なるほど、人と関わるのがあまり好きじゃない人なのか……。
確かに彼はころんくんやジェルくんとはどこか違う気がした。
いつか仲良くなれたらいいけれど…
「さて、そろそろ夕飯にしようよ。皆、お腹減ったでしょ?」ななもりさんがそう言うと、皆がこくりと頷く。
「ボクもお腹ぺこぺこ……」
「僕も……」
ころんくんとるぅとくんがお腹をさすりながら呟く。
「あ、あの…オレ、手伝うよ?」
「大丈夫!莉犬くんは疲れたでしょ?夕飯までお部屋で休んでていいよ?るぅとくん、案内してくれる?」
「あ…は、はいっ!任せてください……!」るぅとくんはこくこくと頷くと、オレの腕を優しく引いて部屋まで案内してくれた。
「ここが……お部屋です……」
「ありがとう。るぅとくん」
オレがそう言えば、るぅとくんは、少し恥ずかしいそうに俯いてしまった。「あ、あの……もし何かあったら呼んでくださいね」
るぅとくんはそう言うと、ぺこりと頭を下げて部屋から出ていってしまった。
オレは部屋を見渡した。広くも狭くもない普通の部屋だ。机と、大きなベッド、それから、本棚には本がぎっしり詰まっていた。
なんだか少し落ち着かない。今まで、自分の部屋ではいつも1人だったから、こうやって沢山人がいると緊張してしまう。
こんな時は寝るしかない。オレはベッドにダイブして、目を閉じた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。